ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No3

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概要

日本結晶学会誌Vol61No3

生命科学の飛躍のために一層深まるタンパク質結晶学の役割~シトクロム酸化酵素の精密構造解析から見た現状と課題表1酸素還元中心の配位子の構造.(Structures of the dioxygen reduction centers of CcOs.)*PDB-ID分解能(A)方法年**生物種配位子同種の構造のPDB-ID3S8F1.8SR2012Thermusperoxide2.252.291.544.873S8G,4G7S,4FA73HB32.25SR2009Paracoccusperoxide1.931.921.494.623EHB2.32SR2008ParacoccusO 22.212.541.094.512GSM2.0SR2011RhodibacterHOH, OH2.132.141.954.893OMI,3DTU, 3OMA1XME2.3SR2011ThermusHOH2.442.074.395NDC2.3SFX2017ThermusHOH2.892.374.831M562.3SR2009RhodibacterNo ligand4.642ZXW2.1SR2009Bovineperoxide2.232.081.704.883WG71.9SF-ROX2013Bovineperoxide2.352.141.554.90*SRは放射光回折実験. SFXとSF-ROXはXFELによる回折実験で前者は多数の微小結晶を流しながら測定するのに対して後者は大きな結晶を照射ごとに並進・回転させて測定する.**以下の生物種Thermus thermophiles, Paracoccus denitrifyicans, Rhodobacter sphaeroidesは先頭語で表示している.防止剤濃度を変えることによって結晶全体が一様に変化して分解能の改善に結びついた.ウシ心筋のCcOの結晶化の次の課題はサブA分解能の結晶をいかにして得るかである.分解能を改善する合理的な方法を検討すべき段階に来ている.4.3酸素還元中心の構造CcOの酸素還元中心の構造について初めは,分光学的研究や生化学的研究がなされた.結晶構造解析による構造が提示される前にはX線吸収スペクトル法によって構造が提案されていた.そこでは休止酸化型CcOではFea 3とCuBの間にはClあるいはS原子が両金属イオンに配位しているとした.47)配位子については今日も論争が続いている.2.3 A分解能の構造解析で注目する部分の構造を外して精密化を繰り返して可能な限りバイアスを除いたFo-Fc電子密度図を求めた.48)この電子密度に基づいて,配位子として過酸化物イオンを提案した(文献48のFig.1).その後,100 KでX線照射時間を少なくした2.1 A分解能構造解析ではO-O距離は1.70 Aとなった.49)照射時間を増やすとこの距離はさらに長くなったことおよびX線照射直後からヘム鉄の酸化状態を反映した可視吸収スペクトルが変化することから,短時間照射でも放射光X線照射の影響は避けられないと考え,XFELでX線無損傷構造解析を行った.その結果,過酸化物のO-O距離は1.55 Aとなり低分子化合物結晶で得られている距離と誤差範囲内で一致した.50)表1は細菌のCcOを含む休止酸化型の構造解析結果を酸素還元中心の構造に注目して整理したものである.Thermus thermophiles CcOでは丁寧な構造解析を行い過酸化物として妥当なO-O距離を得ている.しかし構造決定を行った人達は,その構造はX線照射によって分子内部にある・OHが反応して生じた結果であり,本来の休止酸化型の構造ではないとした.最近のXFELによるT. thermophiles CcOの無損傷構造解析結果では水分子が配位子であると結論している.51)Paracoccusdenitrifyicans CcOで1つの報告ではO-O距離から判断し日本結晶学会誌第61巻第3号(2019)て過酸化物で,もう1つ報告ではO2となっている.一方,Rhodobacter sphaeroides CcOでは,FeにHOH,CuにOH-が配位している.しかし,O原子の座標値そのものでは,HOH,OH-としている場合もウシ酵素の過酸化物としている場合と同等である.なぜ過酸化物を配位子として受け入れないのか,それには大きな理由が有る.CcOの酸素還元サイクル(図6)でO 2が結合して最初に生じるA状態からP状態に反応が進む過程で,その途中で過2酸化物O-2を経るはずであるが,ラマン分光法によっても観測されず,52)一挙にA状態からP状態に移行する.このことから過酸化物が配位する状態はきわめて不安定で寿命が短く,安定な休止酸化型構造としては存在し得ないという主張である.先に述べたが,ウシのCcOでは無損傷構造解析ではO-O距離1.55 Aの過酸化物となった.しかし,ウシのCcOでX線照射によってなぜ1.70 Aになるのかという問題が残る.すなわち,実際にO-O距離1.70 Aの過酸化物が存在するのかという疑問である.新たな中性pHで結晶化した結晶の1.77 A分解の構造解析では,O-O距離1.50 Aの過酸化物の他に低い占有率の2個の酸素原子が過酸化物の酸素原子の近傍に見つかった.53)それらはFe-O 2.07 A,Cu-O 1.99 Aで,酸素原子間距離は2.67 Aであり,両者間に水素結合があるとして妥当な距離である.放射光X線照射によって見かけ上O-O距離が長くなるのは,X線照射によって新たにHOHあるいはOH-などが生じるためと解釈できる.細菌酵素のX線結晶構造解析でウシ酵素と本質的な矛盾があるのは,T. thermophiles CcOのXFELによる無損傷構造解析で配位子をHOHとしている点である.そこでこのT. thermophiles CcOの構造(5NDC.pdb)を独自に検討した.配位子を除き,さらにバイアスを最小化するための精密化計算を繰り返して,F o-F c電子密度図を作成した(図9上).リガンドのピーク値は参照水のピーク値の1.5倍で,水とするよりも過酸化物としたほうが妥当である.さらにその電子密度分布の形状は少し伸びた形で2.3 A分解能として過酸化物として受け入れられる.配175