ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No3

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概要

日本結晶学会誌Vol61No3

月原冨武いなければならない.このことは水素原子にも感度の高い中性子結晶構造解析(PDB ID,1LZN)によって実証された.酵素・基質複合体,変異体酵素を含む多様な状態の構造解析と種々の生化学的研究によって,反応機構の理解が進み基質・生成物特異性を理解できるようになった.一方,反応速度の速さについては分解されるD環が不安定な半椅子型構造になる遷移状態に起因するとされた.酵素・基質複合体ではD環は正の結合自由エネルギーになっているが,その他の5環の結合自由エネルギーはすべて負であり,基質全体として安定な複合体を形成するに十分な負の結合自由エネルギーになっている.14)すなわちD環の歪みがD,E間での切断反応速度の速さをもたらしている.以上は卵白リゾチームの構造に基づいて化学を解き明かす研究の1端であるが,リゾチームの構造・機能の研究はほかにも多くあり,いずれも完結している訳ではない.先に述べた反応速度についても異論もある.酵素・基質複合体の構造を理論計算によって検討したところ,タンパク質の構造には柔軟性がありD環を歪めることはできない.D環が入る所に元々強固に結合していた水が基質結合によって排除されることによってD環に正の結合自由エネルギーをもたらす.15)ここではD環も安定な椅子型である.この議論の最終決着は,実際の反応で中間体(酵素・基質複合体)の構造を捉えるまで待たねばならない.3.1.3タンパク質の働く仕組みを理解するための反応サイクルのスナップショット1つのタンパク質の機能する多様な構造を決定して作用機構を解明する研究の典型例はCa 2+ATPaseの研究である.豊島近教授(東京大学)らはCa 2+能動輸送として働く際に生じる10種の中間体の構造を決定した.16)-21)それら一連の構造に基づいて,膜に結合した状態でタンパク質が大きく構造を変化させてCa 2+を運ぶ精密な動きを明らかにした(図2).こうした多様な構造から機能する動的構造を求めることは,今後も重要な研究手法である.3.1.4変異体タンパク質,タンパク質・化合物複合体の構造解析変異体タンパク質や阻害剤などの化合物とタンパク質の複合体の構造解析は,タンパク質の働く仕組みを理解するうえできわめて有用な手段であり,これまでも頻繁に活用されてきた.それはタンパク質が働く仕組みの理解に留まらず,創薬目的にも常用されている.放射光施設での回折実験・構造解析はきわめて迅速に行うことができるようになっている.ただ注意しなければならないのは,化合物が100%の占有率で入っていることは稀である.そこで,構造解析においてタンパク質の構造には,化合物が結合した状態の構造と元の結合していない細胞質内腔細胞質内腔図2E1・Mg 2+E1・2Ca 2+E1・ATP・2Ca 2+ E1~P・ADP・2Ca 2+E1~P[2Ca 2+ ]ATPE22Ca 2+ 2Ca 2+E2+Pi(SO 42 -)E2・Pi(MgF 42 -)E2~P(AlF 4- )E2P(BaF 3・TG)E2P(BaF 3 )Ca 2+ATPaseのCa 2+能動輸送機構.16)-21)(Structuresof the sarco(endo)plasmic reticulum Ca 2+ATPasein ten conformational states that constitute its reactioncycle.)本酵素は反応サイクル中でドメインの動きを伴う大きな構造変化によって働いていることを10段階の反応中間体の構造に基づいて明らかにした.原図は豊島近教授(東京大学)より提供していただき,以下の座標データを使用して作成した.3W5A.pdb,1SU4.pdb,3AR2.pdb,2ZBD.pdb,2ZBE.pdb,2ZBF.pdb,2ZBG.pdb,1WPG.pdb,3W5D.pdb,3W5C.pdb.構造が混在することを考慮することである.少なくとも2つの構造を分離できる精度の構造解析が求められる.3.2巨大で複雑な生体超分子の構造決定による生命科学への貢献生体内でタンパク質,核酸など生体物質は強固な複合体(生体超分子)を形成するか,一時的な複合体を形成して働いていることがしばしばある.それらは単独のタンパク質では持ち得ない機能を有しており,結晶構造解析がそれら巨大でより複雑な対象に向かうのは必然である.本来複合体を形成して機能するものはまず複合体を調製・結晶化して構造決定することが本質を解き明かす近道であろう.一方,すでに述べたがCryo-EMによる生体超分子の構造研究が急速に発展して,これまで捉えられなかった分子の配置が如実になってきている.ここでは典型的な生体超分子の結晶構造解析例を取り上げる.3.2.1ウイルス最初に構造解析された球状ウイルスは殻タンパク質が180分子集合したT=3のウイルスであった.22),23)何も粒子は正20面体(532)対称を有しており,T=3のウイルスでは疑似の3回対称で関係付けられる3量体が正20面体対称を保持して集合している.構造解析の結果,タンパク質と核酸の巨大な集合体であるウイルス個体が,少ない情報で自律的に対称性に従って正確に形成される仕組みが明らかにされた.植物に感染するウイルスに続いて,ヒトの病気とのかかわりの深い動物ウイルスの研究が進展した.風邪の原因ウイルスであるラ170日本結晶学会誌第61巻第3号(2019)