ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No3

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概要

日本結晶学会誌Vol61No3

生命科学の飛躍のために一層深まるタンパク質結晶学の役割~シトクロム酸化酵素の精密構造解析から見た現状と課題を平均する計算によって精度を上げる.分子量とともに結晶化の困難さが増す巨大なタンパク質複合体の低分解能構造解析できわめて強力な方法になっている.3.タンパク質結晶学の到達点と一層深まるタンパク質結晶学の役割生命現象を理解するうえで,構造の有無は理解の深まりに大きな違いができることは明白である.例えば,酵素タンパク質の主鎖の折れ畳み構造(フォールド)がわかるだけでも,それに基づいた変異体の機能解析などが行われて,活性部位の同定や基質特異性が如実になって来る.さらに,生命現象の理解はその段階に留まらず,なぜその現象が起こるのかを突き詰める方向に進むのが常である.タンパク質結晶学が発展してきた方向には3つの要素がある.第1は多様な構造を追求する方向であり,第2はより複雑で巨大な構造解析,第3はより精密な構造解析である.それらは密接に関連しているが,それぞれの要素ごとに見てみよう.3.1多様な構造決定による生命科学への貢献3.1.1主鎖フォールドの多様性αヘリックス主体のミオグロビン,8)β構造主体のリゾチーム9)から始まり,タンパク質機能に特徴的なフォールドが水溶性タンパク質の構造解析から明らかになった.膜内在性のタンパク質では膜貫通領域がαヘリック10スで構成されたタンパク質)に続いて,β構造で構成さ11れているタンパク質)も決定された.これまでの経験則によると,同じ機能をもつタンパク質(あるいはドメイン)は分子進化の過程でアミノ酸配列が変化しても,立体構造の保存性は高くて同じフォールドを取っている,すなわち同一種に分類されるタンパク質は同じ主鎖構造になっている.年々多くの構造が決定されているが,全く新しいフォールドが見つかる頻度はだんだん低くなってきている.ヒトゲノムの塩基配列から人体では20,000~25,000のタンパク質が発現されており,予想されるフォールドの種類を推定することは不可能とは思えないが,まだそうした報告は見つからない.また,pdb登録されているフォールドの種類数の見積もった事例もなく,フォールドの多様性という観点での到達点の把握はできていない.大きな空白領域が残っているのではなかろうか.新しい構造が新しい分野を切り開く可能性があるのではないか.3.1.2タンパク質が働く仕組みを解き明かすための多様な構造PDB登録されている構造の数は15万件を超えている.これらの中には同一タンパク質で状態の異なる多数の構造や変異体タンパク質の構造も別々に登録されている.これは,微細な構造の違いに基づいてタンパク質が機能する仕組みを解明する研究は盛んに行われていること日本結晶学会誌第61巻第3号(2019)を反映している.こうした研究のために求められる構造は,フォールドだけで済まされるものは皆無で,中でも酵素反応の理解には精緻な構造が必須である.酵素反応の特徴は,穏やかな条件でかつ高速度,反応物・生成物特異性の高さ,種々の調節機能を有することを挙げることができる.こうした酵素反応の特徴をもたらす要因を多様な状態の精密な構造に基づいて明らかにして来た.酵素で構造・機能の研究が古くから行われているのはリゾチームであり,構造に基づいてタンパク質によって駆動される化学を解き明かす研究が進んでいる.卵白リゾチーム8)12および(NAG))3との複合体の構造決定を行い,その構造に基づいて天然基質である(NAG-NAM)3や(NAG)6の酵素との結合様式が推定され,基質特異性の要因が明らかになった.基質のヘキソース環は端から順にA,B,C,D,E,F環と名付けられていて,D,E環の間で切断される.結晶構造解析で得られた構造から基質結合様式を予測した段階で,D環は安定な椅子型構造のままではタンパク質との立体障害が生じる.そこでD環は半椅子型構造に変化して酵素・基質複合体を形成すると推定された.さらに,卵白リゾチームでは反応過程で酵素と基質が共有結合した中間体が形成される共有結合モデルが提唱された.この共有結合中間体モデルについては,反応が途中で止まる変異体酵素を調製して,共有結合中間体結晶の構造決定によって実証した(図1).13)酵素反応を制御しているアミノ酸残基として,基質に対して特定の位置にあるグルタミン酸(Glu35)とアスパラギン酸(Asp52)が特定された.提案された反応機構に従えばこのうちのグルタミン酸はプロトン化されてAsp52CBDAGlu35図1卵白リゾチームの共有結合中間体モデルの構造.(Structure of the glycosyl-enzyme intermediate of henegg white lysozyme(PDB ID, 1H6M).)タンパク質はα炭素を結んだ線で,N-アセチルグルコサミン(NAG)とAsp52とGlu35の側鎖は棒モデルで表示している.卵白リゾチームのGlu35Gln変異体とフッ素化したNAG 2(1H6M.pdb)でAsp52がNAGのD環と共有結合を形成する.A,B環およびGlu35は卵白リゾチーム・NAG 4複合体(4HP0.pdb)の構造を当てはめて表示している.169