ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No3

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概要

日本結晶学会誌Vol61No3

日本結晶学会誌61,155-156(2019)最近の研究動向特異な秩序構造と電子構造をもつ天然ヒ素結晶熊本大学大学院先端科学研究部吉朝朗東北大学金属材料研究所徳田誠九州産業大学理工学部三澤賢明Akira YOSHIASA, Makoto TOKUDA and Masaaki MISAWA: New CrystallinePolymorph of Native As with a Unique Order Structure and Electric Structure1.はじめに日本産の金平糖石は世界的によく知られた天然ヒ素結晶の集合体である.ヒ素結晶として,ガラス光沢半導体の黒ヒ素と半金属性の灰色ヒ素が広く知られている.天然ヒ素結晶の第3の多形である新鉱物(pararsenolamprite)を,大分県向野鉱山で国立科学博物館グループが発見した.1)今回,優れた検出器を備えたリガク社製XtaLABSuperNovaを用いた単結晶X線回折法により構造が決定でき,第一原理計算により電子状態のシミュレーションも行ったので報告する.2)この単体ヒ素の多形は低温低圧相(黒リン構造)と高温高圧相の構造部が原子レベルで秩序配列(混在)したユニークな構造をもっている.高温高圧構造部と低温低圧構造部が,それぞれ正と負に帯電し,同じ元素間で電子の供与・授与が起こり,化学結合論的にきわめて興味深い構造である.電子状態の違いは,特にd軌道の混成の違いにより現れることが明らかになった.2)周期律表のV族元素では,PからAs,Sbへと絶縁体から半導体,金属への段階変化が起こり,構造と物性の関係など広く研究されてきた.これらの元素結晶の多形のいくつかは,超伝導特性をもつ.V族元素結晶の物性は,化学結合性に由来して非常に異方性が強い.共有結合主体の層状部がファンデルワールス力によって結ばれる二次元層状構造のV族元素結晶は,層間で容易に劈開する.炭素のグラフェンに対応する単層リンのホスホレンのような二次元半導体などの次世代材料も提案されている.3)このヒ素結晶の第3の多形は量子物性分野において新たな可能性を切り開く物質である.V族元素には5つの価電子があり,電子配置s 2 p 3の共有結合から予想されるように,s軌道は2つの電子で占有されているため結合に寄与せず,半分満たされたp軌道が結合に関与する.したがって,それぞれの原子は3配位になる.短い3つの共有結合と長いファンデルワールス結合により,層構造が形成される.Asの電子配置は4s 2 3d 10 4p 3である.s軌道およびp軌道に加えて,d軌道の日本結晶学会誌第61巻第3号(2019)寄与を明確にすることは,後述するように,物性を理解するために重要となる.V族元素の高温高圧下での相転移・安定関係は広く研究されている.亀卦川らは高圧高温その場観察実験により,リンのP-T相図4)を提案している.低温低圧相の直方晶リン(黒リン,空間群Bmab)と高温高圧相の菱面体相リン(空間群R3_m)の安定領域が示されている.ヒ素結晶の第3の多形のような中間相の出現は黒リンからの転移では観測されていない.4)リンと同様に単体元素鉱物のAsでも2つの結晶相(黒ヒ素と灰色ヒ素)の多形が知られているが,ヒ素系では結晶相のP-T相図は提案されていない.疑問が残るが灰色ヒ素(空間群R3_m)が常温常圧下で安定相とされている.黒ヒ素(空間群Bmab)は黒リンと同構造である.黒ヒ素は100~220℃でヒ素蒸気を冷却することや,Hgの存在下で100~175℃でアモルファスAsを加熱することによって合成される.黒ヒ素は常圧下250℃付近で灰色ヒ素に転移する.As 4分子からなる絶縁体準安定相の同素体黄色ヒ素は,非常に低い温度でガラス基板上にヒ素蒸気を凝縮させることによって合成され,この同素体は30 K以上で灰色ヒ素に変化する.このように動力学的効果の大きい温度領域でのV族元素結晶合成は興味深いことが多い.また,アモルファス相や微量不純物元素の混入による準安定相の形成などIV,V,VI族元素物質は結晶学的研究の宝庫である.2.結晶構造,晶相と晶癖,双晶についてこの第3の多形である天然ヒ素結晶は,同族元素アンチモンを3%程度含む.図1,2に,結晶構造の(001)と(010)投影図を示す.結晶学的に非等価なAs位置は8種類である.すべての原子は(010)面に平行な鏡面上に位置する.As席は,a軸に沿って-As1-As2-As2'-As1'-As3'-As4'-As4-As3-As1-のように配列する(図1).構造的にこれら8種類のAs席は,As1とAs1',As2とAs2',As3とAs3',As4とAs4'の4グループに分けられる.また,As1-As2-As2'-As1'(図2の黄緑色の球)とAs3'-As4’-As4-As3(緑の球)155