ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No3

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概要

日本結晶学会誌Vol61No3

大原高志図2(左)二次元シート内におけるCoの磁気スピンの配列の模式図.(右)外部磁場の変化に伴う二次元シート間の磁化の相関の模式図.(Schematic viewsof(Left)magnetic moments of Co in the 2D sheet and(Right)change of intersheet magnetic moments byapplied magnetic field.)体では磁化は観測されない.一方,一定値以上の外部磁場を印加すると各シートの磁化の方向が揃い,磁化の急激な増加に繋がる(図2).2Kにおける1のメタ磁性はこのような機構によると考えられ,本研究は分子性結晶における磁気的挙動の機構を中性子磁気構造解析から明らかにした典型例と言える.3.芳香族炭化水素結晶における圧力誘起重合反応7)もう1つのトピックは,固相圧力誘起重合反応の高圧下でのin-situ中性子回折測定である.圧力誘起重合反応(Pressure-induced polymerization:PIP)は高圧によって分子間距離を圧縮することで起こる重合反応で,常温では進行しない重合反応を進めることができる.代表的なPIPとしてベンゼンおよびその誘導体の加圧によるグラファン骨格の生成が知られており,ダイヤモンド同様のsp 3炭素原子骨格をもつナノ材料の新規合成法として注目されている.Wangらはベンゼンと六フッ化ベンゼンの共結晶(CHCF)に20 GPa(約20万気圧)をかけて粉末中性子回折測定を行い,PIPが起こる直前のCHCFの結晶構造を得るとともに,PIPによる生成物のGC-MS,NMRなどを用いた詳細な分析からこのPIPの機構解明を試みた.7)CHCFではベンゼンと六フッ化ベンゼン間の静電的相互作用により両者が交互にスタックした結晶構造をとり,低温および高圧下でさまざまな多型を取る.本研究では放射光や複数の中性子施設で高圧回折データの測定を行っているが,最高圧となる20 GPaでの回折測定はJ-PARCのPLANETにおいて,パリ-エジンバラプレスを用いて実現している.この測定は水素原子の非干渉性散乱を避けるためにベンゼン-d 6を用い,1圧力条件当たり8時間かけて行われた.得られた回折パターンからRietveld解析を行い,さらにDFT計算による構造最適化から20 GPa下での多型となるVIII型の構造を得た.その結果,ベンゼンと六フッ化ベンゼンが傾いた状態で交互にスタックしたカラムを形成していること,カラムのスタック方向の両分子の間で,[4+2]付加反応の反応部位に相当する炭素原子間の距離が2.8~3.0 Aと,重合反応可能な距離にあることが判明した.PIP完了後の重合生成物の分析では,X線および中図3CHCFにおけるPIPの初期反応過程として考えられる1-1’カップリング反応と[4+2]Diels-Alder反応.(1-1’coupling reaction and[4+2]Diels-Alder reactionproposed as initial reactions in the PIP of CHCF.)性子でのPDF解析や固体NMR,IRなどからPIPの主生成物をH-F置換グラファンと同定している.また,20 GPaに加え,18 GPa,17 GPaでの加圧による重合生成物についてもGC-MS,IRによって反応中間生成物を同定し,カラム間の1-1’カップリング反応によるビフェニル誘導体の生成量(1.0~1.4%)に比べてカラム内の[4+2]Diels-Alder反応による重合生成物の生成量が圧倒的に多い(8~20%)ことを明らかとした.これらの結果は,CHCFにおけるPIPの初期段階において[4+2]Diels-Alder反応が主反応であることを示している(図3).これは結晶中での分子配列を反映して反応が進むトポケミストリーの理論と矛盾しない.最終生成物であるグラファン骨格の形成までにはまだいくつかの反応ステップを経る必要があり,さらなる研究を必要とするが,中性子回折を活用した高圧下でのin-situ構造解析と緻密な分析による反応生成物の特定を組み合わせた本研究は,さまざまな素反応が並行して進行するPIPの複雑な反応過程を構造化学的に解明できる手法として今後の発展が期待できる.以上に紹介したような磁性,高圧分野での分子性結晶の中性子回折測定は軽元素の観察と比べて中性子強度の点からハードルは低くないが,MLFの大強度中性子を使うことで十分に現実的な分析手法となったと言える.MLFのVRサイト8)や各装置の担当者との相談を通して中性子回折の可能性を理解し,是非とも分析手法の選択肢の1つとして活用してほしい.文献1)I. Tanaka, et al.: Acta Cryst. D66, 1104(2010).2)T. Ohhara, et al.: J. Appl. Cryst. 49, 120(2016).3)S. Ogo, et al.: Science 339, 682(2013); M. Mitsumi, et al.: Chem.Eur. J. 21, 9682(2015); M. Inukai, et al.: J. Am. Chem. Soc. 138,8505(2016); M. Igarashi, et al.: Nature Commun. 8, 140(2017).4)T. Hattori, et al.: Nuclear Instr. Meth. Phys. Res. Sect. A 780, 55(2015).5)D. Ikuta, et al.: Sci. Rep. 9, 7108(2019); A. Sano-Furukawa, et al.:Sci. Rep. 8, 15520(2018); R. Iizuka, et al.: Nature Commun. 8,14096(2017).6)T. Nakane, et al.: Dalton Trans. 48, 333(2019).7)Y. Wang, et al.: Angew. Chem. Int. Ed. 58, 1468(2019).8)http://mlfuser.cross-tokai.jp/ja/mlfvr.html154日本結晶学会誌第61巻第3号(2019)