ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No2

ページ
9/88

このページは 日本結晶学会誌Vol61No2 の電子ブックに掲載されている9ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol61No2

日本結晶学会誌61,75-76(2019)最近の研究動向電子チャネリングを用いたサイト選択的分光分析:ケイ線石のAl/Si秩序度の例名古屋大学未来材料・システム研究所伊神洋平,武藤俊介京都大学大学院理学研究科三宅亮Yohei IGAMI, Shunsuke MUTO and Akira MIYAKE: Site-Selective Spectroscopy UsingElectron Channeling?Demonstration for Al/Si Order Determination in Sillimanite地球や惑星を構成する鉱物において,結晶内の各原子の占有サイトは到達温度や冷却速度などの熱履歴を反映するため,地球惑星史を探る上での重要な情報となる.結晶中の原子位置決定にはX線/中性子回折実験などの精密手法がすでに確立されているが,宇宙や地球においてさまざまな環境・時間スケールで形成・変成される鉱物はサブミクロン~ナノオーダーで複合組織をもつことが普通であり,試料全域から得られる平均構造だけでは情報が不足する場合がある.筆者らはこうした問題に対し,微小領域を得意とする透過型電子顕微鏡(TEM)内で実現される電子チャネリングを活用したサイト選択的な電子分光分析の有効性に着目している.TEMにおいて結晶性試料に入射された高速電子の空間分布は試料内で常に一様ではなく,結晶の周期ポテンシャルに影響を受けて特定の原子位置に局在する.これを電子チャネリングと呼び,入射平面波がいくつかのブロッホ波(結晶周期を反映した定在波)に分岐すると捉えれば定量的解釈が可能である.各ブロッホ波の励起確率は結晶への入射角に応じて変化するため,電子線のわずかな傾斜により各結晶学的サイトを伝搬する電子密度には変調が生まれる.1)-3)Spence & Tafto 4)はこの電子チャネリングを活用し,同一領域でチャネリング条件(結晶に対する電子線入射角)を変えた三種類の特性X線スペクトルをエネルギー分散型X線分光器(EDS)により測定して,各ピークの強度比から微量元素の占有サイトを推定した.ALCHEMI(AtomLocation by Channeling Enhanced Microanalysis)と呼ばれるこの手法では,TEMにより微細組織を把握した上で,不要な組織を排除した特定微小領域から分析が可能である.その後,TEM-EDSシステムのデジタル制御化に伴い,電子線傾斜と同期したEDSスペクトルの連続的取得および,より統計的な解析がなされるようになった.このような高角度分解能での多点ALCHEMI分析はHARECXS(HighAngular Resolution Electron Channeling X-ray Spectroscopy)とも呼ばれている.1)-3),5)一方で,非弾性散乱を含む動力日本結晶学会誌第61巻第2号(2019)学的回折理論の確立によってこれらの実験を高精度で理論予測することが可能となり,6)ALCHEMI/HARECXSは結晶構造モデルに基づく計算との比較によりさまざまな結晶試料に利用できる汎用性も獲得した.1)-3)本稿ではこうした手法による分析の一例として,微細組織をもちうる鉱物(ケイ線石)中のAlとSiの配列秩序度の変化7を定量した筆者らの最近の研究)を紹介する.ケイ線石(sillimanite)は,岩石や鉱物の生成条件推定のための地質温度圧力計としてよく知られるAl 2SiO 5多形の1つであり,地球科学における重要な鉱物である.ケイ線石は結晶構造中にc軸方向に伸長した(Al/Si)O 4四面体ダブルチェインをもち,四面体サイト中のAlとSiは通常秩序的に配列する(図1).このAl/Siの配列は温度の上昇に伴い無秩序化してケイ線石の熱力学的相関係にも大きく影響することが予想されてきたが,詳細は不明であった.9)AlとSiのX線散乱能が近いためにX線回折強度のみではAl/Siの区別が困難な上,高温ではケイ線石によく似た構造をもつムライト(mullite,Al 2[Al 2+2xSi 2?2x]O 10?x,x=0.17?0.59)と液相に分解しはじめるために分析ではそれらとの混合物からなる信号を分離する必要があり,10)秩序度の定量は極めて困難であった.そこで筆者らは,加熱したケイ線石に対してHARECXSを用いたAl/Si秩序度の分析を試みた.ケイ線石の結晶構造におけるAl,Siの各占有サイトは,秩序化に伴い(202)面上の交互積層として顕在化する(図1).そこで実験では,101系統列反射励起条件下で反射列方向へ電子線を傾斜しつつEDSスペクトルを連図1ケイ線石の結晶構造.(Crystal structure of sillimanite.)描画にはVESTAを使用.8)75