ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No2
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日本結晶学会誌Vol61No2
小澤芳樹解析すると,タンパク質が基質と機能する際の準安定状態に相当する場合がある.7)大腸菌のジヒドロ葉酸還元酵素(ecDHFR)と基質の葉酸(FOL)および補酵素NADP+の複合体の高圧構造解析(~800 MPa)により,高圧力下では活性部位の酵素とFOL,NADP+の結合周りの構造が変化し,さらに水分子が入り込むことで,予想されている酵素機能の初期段階の配置に相当することが明らかになった.講演では,タンパク質の単結晶をダイヤモンドアンビルセル(DAC)中に固定する方法としてタバコのフィルターの繊維を結晶とともに封入する工夫が紹介された.講演は当初,永江先生の所属する研究室の渡邉信久教授にお願いをしていたが,ご病床にあるということで永江先生をご紹介いただいた.3月の先生の訃報に接しご冥福をお祈りいたします.3.小澤芳樹「ギガパスカル圧力下での金属錯体のフォトルミネッセンスピエゾクロミズム」:キュバン型ハロゲン架橋多核金属錯体は,分子内部に共有,イオン,配位の異なる圧力応答性をもつ化学結合を有しており,加圧により分子自体が大きく変形することが期待される.講演ではこの現象を応用して中心に圧力応答性の大きな多核金属コアをもつ錯体の発光と構造変形の相関について紹介した.4.加藤礼三先生(理化学研究所)「単一成分分子性結晶の高圧下電子物性」:単一成分(single-component)分子性結晶は二種類以上の分子の組み合わせによる電荷移動錯体とは異なり単独でHOMO?LUMOバンドの間の電荷移動を起こす必要があり,加圧による分子間相互作用の増大が伝導性に大きく影響する.芳香環のcis位に2つのチオレート基を配したジチオレン2座配位子と2価のNi,Pd,Ptなどの平面4配位金属イオンの組み合わせによる錯体はHOMOとLUMOのエネルギー差が小さく単一成分分子性伝導体のコンポーネントとして注目されてきた.講演では中性錯体[Pd(dddt)2](dddt=5,6-dehydro-1,4-dithiin-2,3-dithiolate)における電気伝導の圧力依存性と電子状態について紹介された.8)[Pd(dddt)2]は常圧では絶縁体で,加圧すると4.2 GPa程度から伝導度測定が可能(抵抗率~10 4Ωcm)となる.伝導度は低温で低下する半導体的な挙動を示すが,この傾向は加圧とともに小さくなる.12.5GPaでは抵抗率が10 1Ωcm程度で温度依存性が失われほぼ一定となり,HOMO?LUMOギャップが0に相当する振る舞いを示す.圧力下での結晶構造をDFT計算で求めた結果,電子状態はグラフェンなどで見られる「質量のないディラック電子系」が発現され,結晶中の独立な2つの分子の層が寄与するHOMOおよびLUMOのバンドが1点で接するディラックコーンの形成を示唆した.高圧下での伝導度の測定ではDAC中の単結晶試料に5μmの金線を4本取り付ける必要があり,市販の20μmの金線をカミソリで削って端子を自作するスキルをもつ共同研究者の存在が必須(?)との話が印象的だった.5.清水克哉先生(大阪大学)「200 Kを超える超伝導体の低温高圧下結晶構造解析」:酸化物超伝導体が発見されてからしばらくの間,高い超伝導転移温度(Tc)をもつ物質の探索研究が盛んに行われた時期があった.最近再びHigh-T c競争を予感させる200 Kを超えるTcを示す物質として,硫化水素が注目を集めている.BCS理論によると水素を多く含む水素化金属では,室温での超伝導が予想される金属水素よりも低い圧力で超伝導体状態が実現可能とされ,水素化イオウ化合物もその1つとされる.清水先生のグループは,DACを用い硫化水素が200 GPa程度の高圧において150~180 Kで超伝導状態であることを伝導度測定で確認し,結晶構造解析を行った.9)水素化イオウはH 3Sの組成で,硫化水素(H 2S or D 2S)の加圧により一部イオウが相分離する不均化反応で生成する.粉末構造解析よりSが体心立方格子の形に配置し,その周りに6つのHが結合した構造をとる.水素の位置がわずかに異なることで約150 GPa以上ではIm-3m,より低圧領域ではR3mの空間群となる.講演では,DACに導入した試料の伝導度を測定するための電極の設置やガスケットとの絶縁の工夫など具体的な実験方法も紹介いただいた.3.終わりにシンポジウムの報告形式で僭越ながら講師の方々の研究を最近の研究動向として紹介した.これ以外にも集合分子による高圧での特異な物性が発揮される例として,プルシアンブルー錯体におけるスピンクロスオーバーなど磁性状態の圧力応答性の研究,10)筆者も共同研究でかかわる発光性有機電荷移動錯体の結晶構造と発光の圧11力応答性の研究)なども進展中である.化学分野の学会では高圧に関する研究発表件数がきわめて少ないが,筆者らの発表に興味をもち,高圧実験について質問されることが多い.DACの構造は単純で数万気圧程度なら簡単に加圧でき,また繰り返し使用可能である.興味本位で構わないので結晶に限らず固体物質にまずは圧力をかけてみることが新たな研究のきっかけとなるはずである.最後に,シンポジウム登壇の講師の方々,共同で企画をしてくださった化学系プログラム委員を始め年会実行委員の方々にお世話になりました.この場を借りて感謝いたします.文献1)W. Grochala, et al.: Angew. Chem., Int. Ed. 46, 3620(2007).2)J. E. Jones, et al.: Proc. R. Soc. Lond. A 106, 463(1924).3)P. M. Morse: Phys. Rev. 34, 57(1929).4)都築誠二:「有機分子の分子間力」,東京大学出版会(2015).5)K. Komatsu, et al.: Sci. Rep. 6, 28930(2016).6)T. Nagae, et al.: Acta Cryst. D68, 300(2012).7)T. Nagae, et al.: Acta Cryst. D74, 895(2018).8)R. Kato, et al.: J. Am. Chem. Soc., 139, 1770(2017).9)M. Einaga, et al.: Nat. Phys. 12, 835(2016).10)G. G. Levchenko, et al.: J. Phys. Chem. B, 122, 6846(2018).11)T. Ono, et al.: ChemPhotoChem 2, 416(2018).74日本結晶学会誌第61巻第2号(2019)