ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No2

ページ
7/88

このページは 日本結晶学会誌Vol61No2 の電子ブックに掲載されている7ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol61No2

日本結晶学会誌61,73-74(2019)最近の研究動向高圧下における化学結合と結晶学兵庫県立大学大学院物質理学研究科小澤芳樹Yoshiki OZAWA:Chemical Bond and Crystallography under High-Pressure Conditions1.はじめに日本結晶学会2018年年会(2018年11月)において筆者らは「高圧下における化学結合と結晶学」のテーマでシンポジウムを企画した.近年,外部刺激応答性のある機能性固体物質の研究が盛んに行われ,物理的な外部刺激の例として光(photo),熱(thermal),蒸気(vapor),機械的(mechanical)について多くの研究例がある.これらと比較して圧力(pressure)に関する研究は化学系分野ではまだ一般的ではない.物質に圧力を加えると数百メガパスカル程度でvan der Waals(vdW)相互作用のみが働いている分子間の空隙(vdW space)が潰れることから変形が始まり,ついでイオン性結合の短縮による配位数の増加や多中心結合の生成が起こる.最終的に共有結合の短縮による軌道の重なりが大きくなり,元素の金属化が起こるとされ,百ギガパスカル以上の超高圧が必要な場合もある.1)化学結合の圧力応答性は,結合のポテンシャルエネルギー曲線を考えれば予測可能で,分子間相互作用で用いられるLennard-Jones,2)二原子分子の原子間相互作用を表すMorse 3)などの代表的な曲線モデルがある.平衡核間距離(R)より短い領域では,Rの大きなべき乗(R~12)や指数関数(exp(?R))に比例する交換反発力による斥力が支配的となるが,R付近で電荷移動力,静電力,誘4起力,分散力)などの引力と釣り合う極小をとる.この極小付近の曲線の深さで結合の圧力応答性が左右され,最も深くなる共有結合では応答性が小さく,ついでクーロン力(R ? 1)によるイオン結合の順で,およそR ? 6に比例するvdW相互作用は曲線が浅く圧力応答性は大きくなると予想される.しかしながら,これら化学結合の圧力依存性について結晶化学の立場から俯瞰的に記述した論文を目にすることは非常に少ない.結晶学で「圧力」というと地球深部物質がまず思い浮かぶが,この分野については,本会誌60巻1号(2018)の特集「鉱物結晶学で解き明かす地球惑星ダイナミズム」ですでに紹介された.本シンポジウムでは,高圧結晶化学に関連する幅広い分野の4名の研究者に講演を依頼し筆者も含めた5件でプログラムを構成した.講演内容に関連した演者らの論文より圧力下での結晶化学研究の最近の動向を紹介する.日本結晶学会誌第61巻第2号(2019)2.シンポジウムからみる最近の高圧結晶化学のトピックス1.小松一生先生(東京大学)「高圧中性子回折実験による氷および水素ハイドレート研究の新展開」:氷の中の水分子同士は水素結合による相互作用を基本として結晶構造を構築する.水素結合は分子の双極子同士の静電力の寄与が大きく比較的長距離まで影響があり,また双極子同士の配置による方向依存性も大きいとされ,圧力と温度を変化させることで多形結晶が出現する.既知の氷の多形は17種類に及び,その多くが水素の位置の乱れによる秩序-無秩序構造ペアをもつ.最近の論文では,このペアの1つであるVI-XV相の関係においてD 2Oの中性子線構造解析により,完全に乱れたVI相から秩序のあるとされるXV相への転移について,乱れたVI相で取りうる可能な秩序構造(45種類)のうちのいくつかが同時に存在する部分的秩序構造をとることを明らかにした.これら複数の秩序構造が氷における酸素と水素の結合を規定するいわゆるice ruleを破ることなく隣接して存在できるモデルを示した.5)構造解析に適した氷の粉末試料の作製には,加圧と温度のコントロールにより適切な経路で狙った相に到達することが重要で,最近新たに発見された氷の多形は,高圧で水素やネオンを含むガスハイドレートを合成したのち,低温で長時間の真空引きでガスを除去して得られることなど,水素貯蔵物質の開発にもつながる興味深い話を伺うことができた.2.永江峰幸先生(名古屋大)「高圧結晶構造解析が明らかにする蛋白質内部の水分子の挙動」:深海に生息する生物ではその内部のタンパク質の構造も水圧の影響を受けているはずで陸上の同様の酵素と異なる構造をもつこともある.陸上の細菌から得られた3-イソプロピルリンゴ酸脱水素酵素(IPMDH)を650 MPaまで加圧した状態で構造解析し,高圧下でタンパク質内部の一部のキャビティが広がりそこに水が侵入することが明らかとなった.6)水の侵入は酵素が変性し機能低下に至る初期段階と考えられる.一方,深海に生息する細菌の同様の酵素では水の侵入を防ぐ機構があり,加圧状態でも酵素活性が保持される.また加圧状態でのタンパク質分子と水との相互作用を73