ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No2

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概要

日本結晶学会誌Vol61No2

佐藤寛泰,山野昭人する場合,既知の論文などを検索し,似たような系を取り扱っている計算方法を試すのが良い.表5に示したようにSTO-3Gでは,計算時間は短いが,R(F)の値が大きく,また,残存電子密度も大きく残っているため,HARで使用するのは,適当でない.def2-TZVP,def2-TZVPP,cc-pVTZ,cc-pVQZを用いた結果は,大きな差はないが,高次の計算ほど長時間となる.また,高次の計算ほどではないが,def2-SVPは,計算時間も一般的なPC(Windows 10 64 bit,Intel Core-i5 Dualなど)で十数分程度と許容できる長さで,R(F)値,残存電子密度も十分良い値を出している.表6には,各基底関数を用いて得られたL-threonineの各原子間の結合長を示した.HARtによる非水素原子間での結合距離の値は,中性子実験からの結果とよく一致表7各分解能でのHARtの比較.(Comparison of HARtresults at each resolution.)分解能,AR(F),%残存電子密度,e A-3残存電子密度(IAM)0.393.00-0.2938 / 0.2955-0.337 / 0.4340.601.48-0.1265 / 0.1140-0.197 / 0.3640.801.18-0.0877 / 0.0849-0.210 / 0.251表8O2-C1O3-C3O1-C1O3-H3N1-C2N1-H1AN1-H1BN1-H1CC1-C2C2-C3C3-C4C2-H2C3-H3AC4-H4AC4-H4BC4-H4C各分解能での結合長の比較.(Comparison of bondlengths at each resolution.)λmax=0.39Aλmax=0.6Aλmax=0.8A1.2562(3)AX/N=0.9991.4246(3)AX/N=1.0061.2488(3)AX/N=1.0100.983(7)AX/N=1.0001.4905(3)AX/N=1.0001.061(8)AX/N=1.0231.048(8)AX/N=1.0151.029(8)AX/N=1.0051.5354(3)AX/N=0.9981.5323(3)AX/N=0.9971.5191(4)AX/N=1.0031.105(6)AX/N=1.0081.125(7)AX/N=1.0161.085(8)AX/N=0.9891.086(7)AX/N=0.9761.080(8)AX/N=1.0051.2557(4)AX/N=0.9981.4243(4)AX/N=1.0061.2487(4)AX/N=1.0090.987(7)AX/N=1.0041.4910(4)AX/N=1.0011.056(7)AX/N=1.0181.054(7)AX/N=1.0201.027(7)AX/N=1.0031.5361(4)AX/N=0.9981.5326(4)AX/N=0.9971.5199(5)AX/N=1.0031.090(6)AX/N=0.9951.116(6)AX/N=1.0081.087(7)AX/N=0.9911.095(7)AX/N=0.9841.087(7)AX/N=1.0111.2576(6)AX/N=1.0001.4243(6)AX/N=1.0061.2492(7)AX/N=1.0100.986(10)AX/N=1.0031.4911(7)AX/N=1.0011.054(11)AX/N=1.0161.047(10)AX/N=1.0141.034(11)AX/N=1.0101.5352(7)AX/N=0.9981.5327(7)AX/N=0.9971.5196(8)AX/N=1.0031.080(8)AX/N=0.9951.120(8)AX/N=1.0121.086(9)AX/N=0.9901.104(9)AX/N=0.9921.085(9)AX/N=1.009している.また,水素原子がかかわる結合距離に関しても非水素原子間距離とほぼ同等の精度で求めることができている.それに比べ,はじめに述べたようにIAMで求めた結合距離,特に水素原子がかかわる結合距離は,全体的に短く評価される傾向があり,その誤差が大きいことがわかる.3.2.3データの分解能での違い2.2で述べたように,HARの解析は,0.8 A程度の低分解能でも適用することができる.表7,8に分解能ごとのR(F),残存電子密度と結果をまとめた.理論計算はrhf/def2-SVPで統一して行った.表7のように低分解能になるほど,取り扱う反射数も少なくなるため,IAMと同様に残存電子密度の大きさも全体的に小さく評価される傾向がある.また低分解能(0.8 A)であってもHARtの結果は有意義な値で残存電子密度を小さくしている.また,表8にあるように各原子間距離を比較してみても低分解能でも高分解能のデータと同じように十分精度良い値を算出している.4.おわりに本稿では,HARの説明とその使用方法について簡単に説明をした.また,L-threonineについて実際に算出した結果と中性子線実験の結果との比較を示した.これまでX線回折実験において,水素原子は弱く散乱するだけなので,原子座標やADPを正確に決定するには,日常的に使用されていなかった.また,一般的に,重原子周りの水素原子は,X線回折実験で見つけることが困難と強調しており,代わりに中性子回折実験が必要であるとしていた.しかし,HARを用いることで,X線回折実験の結果を用いて,水素原子を非常に正確に見つけることができ,その結果は,中性子回折からの結果とほぼ一致することが種々の検討・報告にて明らかになってきた.その決定の精度もまた,通常の構造解析で使用される0.8 Aという低い分解能のデータで,X線回折結果と中性子回折結果との間で比較可能なほどである.現在は,いろいろな対象物に対しHARを適用して,中性子回折実験との比較でその適用性を見出す研究が多いが,将来的には,十分に実験室系のX線回折装置で低分子中の水素原子を正確に決定するために,日常的に使用できると予想される.文献1)P. Coppens: X-ray Charge Densities and Chemical Bonding,Section 3.1.1. Oxford University Press(1997).2)W. J. Hehre, R. F. Stewart and J. A. Pople: J. Chem. Phys. 51, 2657(1969).3)F. L. Hirshfeld: Acta Cryst. B27, 769(1971).4)K. Kurki-Suonio: Acta Cryst. A24, 379(1968).5)N. K. Hansen and P. Coppens: Acta Cryst. A34, 909(1978).134日本結晶学会誌第61巻第2号(2019)