ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No2

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概要

日本結晶学会誌Vol61No2

佐藤寛泰,山野昭人数の分子が存在するものや,分子の幾何学的な対称性を考慮に入れる必要がある構造,そして温度,測定分解能などの測定条件に制限をかけたデータに対して,中性子回折の結果との類似や相違を検討したものが多く報告されている.3.HARの実例3.1 Olex2を用いたHARの手順HARのおおまかな手順は,◎電子密度の算出(1)IAMによる精密化:通常の構造解析・原子座標の初期値設定(2)理論計算:計算方法と基底関数の選択・電子密度の算出・Hirshfeld原子(非球対称性電子密度)と双極子の算出(3)最小二乗法による再精密化・観測データからHirshfeld原子とADPの再計算(4)分子エネルギーが最小になるまで,(2)と(3)を繰り返す◎構造の精密化(5)Hirshfeld原子をフーリエ変換する・非球対称性散乱因子を得る(6)構造の最終精密化と,2つの理論計算とHirshfeld原子分割などのパラメータが収束するまで精密化を行うことになる.これらの手順は,Olex2を使用することにより,データの読み込みから最終的な出力までを簡便化できる.特に2018年に導入されたHARt(HAR terminal)プログラムや,Olex2ソフトウェアに実装されたHARtを利用することで,大幅に計算時間を短縮することができる.Olex2には図3に示すように,HARtを設定するダイアログが備え付けられており,解析者は好みの設定でプログラムを実行することができる.HARt-Olex2ダイアログには,いくつかの便利な点がある.通常の構造精密化が完了すると,Olex2は得られた結果からHARt入力のために必要なファイルの準備を自動的に行う.次にユーザーが重要なオプションを指定する必要があり,1)使用するSCF(self-consistent-field:自己無撞着場)法,2)基底関数,3)クラスター半径,4)水素原子のADPの取り扱いである.はじめに使用するSCF法と基底関数を選択する.用意されているSCF法は,制限Hartree-Fock(rhf),Kohn-Sham(rks/BLYP)法の2つの波動関数近似法から,基底関数は,STO-3G,def2-SVP,cc-pVDZ,def2-TZVP,ccpVTZ,def2-TZVPPまたはcc-pVQZの7つの関数から選択できる.ただし,STO-3Gは,信頼性の高い構造データを作成するのに適しておらず,テストにのみ使用する.図3表3HARt-Olex2のダイアログ.(The HARt-Olex2 dialog.)(a)計算法の選択,(b)基底関数の選択,(c)水素原子の取り扱い方,(d)クラスター半径の指定,(e)計算作業の一覧.HARt-Olex2で使用可能な基底関数系.(Bias setsavailable in program HARt.)基底関数精度計算時間適用可能元素STO-3G低短H~Krdef2-TZVPP高長cc-pVDZ中短H~Krcc-pVTZ高長Kは除くcc-pVQZ高長その他の基底関数の大部分は適している.しかしながら,Fugelらの報告では,計算精度の高さと計算コストを踏まえて分類すると表3のようになる.8)また,結晶中の環境を説明するためにSCF計算中にクラスターの電荷および双極子を含める.そのため,ダイアログからクラスター半径のサイズを指定する.なお,半径をゼロに設定すると,クラスターの電荷は考慮しないことになる(図3).すべてのオプションが指定されると,hklファイルとCIFがプログラムに入力され,HARが初期化される.それ以上の操作をする必要がなく,HARの進行状況を調べるための出力ファイルが作成され,HARの計算が終了すると,精密化された原子座標とADPが新しいCIFに出力される.3.2 L-threonineデータを用いたHARの評価3.2.1使用データX線回折実験で得たデータの代表的なパラメータや測定条件は,表4に示した.また,レファレンスの中性子回折実験のデータは,Ramanadhamらによって報告されているL-threonineのデータを使用した.13)各原子名は図4に示す.132日本結晶学会誌第61巻第2号(2019)