ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No2

ページ
65/88

このページは 日本結晶学会誌Vol61No2 の電子ブックに掲載されている65ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol61No2

Hirshfeld Atom Refinementの概要と実例についてに比べ,Hirshfeld Atom Refinement(HAR)では,水素原子についても結合距離やADPを評価することができる.2017年にOlexSysが提供する構造解析プログラムパッケージ“Olex2”にHARの計算機能が搭載され,誰でも気軽にHARを使用することができるようになった.8)本稿では,より身近になった精密X線構造解析法の1つであるHARの手法を概説し,実際のデータの解析方法と結果の評価について述べる.2.Hirshfeld Atom Refinement(HAR)について2.1 HARから何がわかるのか?HARでは,1)実験データを理論計算でモデル化するので,「波動関数の当てはめ」をしない限り,MM精密化のように「実験的な」電子密度を得ることはできない.ただし,非球対称性電子密度について説明しているので,ジオメトリーとADPの精度は,向上する.2)一般的に,結晶に見られる配座の波動関数から,計算できるすべての特性を得ることができる.3)データの質に応じて,中性子回折で得られるような原子座標とADPを得ることができる.などの情報が得られることが挙げられる.例えば,IAMでは制限されていた,短すぎる「非水素原子-水素原子間距離(X-H)」や,ADPなどのパラメータが改善する.これにより精密な構造情報を得ることができる.2.2 HARの長所と短所HARは,以下のような長所・短所が挙げられる.長所:1)一般的な構造解析のデータでも使用可能(~0.80 A分解能)2)水素原子の座標は自由に精密化が可能3)水素原子のADPは,等方性,または異方性など自由に精密化が可能4)すべての原子の結合距離とADPは,中性子回折の結果に近い値を示す5)内殻電子密度を含めた化学結合のモデリングが可能短所:1)計算コストがかかる(静的な電子密度の理論計算に多大な時間が必要)2)分子全体についての波動関数を使用するため,単位格子をまたいで連なるような配位化合物や無機化合物のような構造には向かない3)超分子構造の特性を,よく再現できない4)Hirshfeld分割は,原子固有ではない5)ディスオーダーをもつ構造,変調構造に適用できない6)孤立分子のみ適用,ポリマー型の構造は不可最大の長所は,MM法では高分解能(~0.5 A),通常の構造解析の2~4倍の高い冗長性(Redundancy)をも日本結晶学会誌第61巻第2号(2019)表1分解能と結合長の比較.(Comparison of resolutionand bond lengths.)分解能0.37A0.6A0.8A1.0AneutronO2-H2(A)1.095(5)1.102(7)1.117(9)1.157(16)1.072(3)O3-H3A(A)0.953(4)0.954(5)0.952(7)0.934(14)0.970(3)O3-H3B(A)0.960(4)0.965(5)0.966(8)0.968(14)0.972(3)表2平均Redundancyと結合長の比較.(Comparison ofaverage redundancy and bond lengths.)分解能は0.37 Aで固定.Redundancy1085.83.4neutronO2-H2(A)1.073(5)1.076(5)1.078(6)1.145(13)1.072(3)O3-H3A(A)0.954(4)0.954(4)0.959(4)0.955(14)0.970(3)O3-H3B(A)0.957(4)0.958(4)0.958(4)0.985(13)0.972(3)図2シュウ酸2水和物の原子名.(Molecular structure ofOxalic acid dihydrate.)つデータが必要であるのに対し,HARでは,通常の構造解析用に測定したデータでも実行可能なことである.表1,2には,シュウ酸2水和物について,分解能,またはRedundancy別にHARで解析した結果を示した.特に影響を大きく受ける,水素原子の結合距離を示してある.比較として,中性子回折での結果も示した.9)各原子名は図2に示す.表1より0.8 Aより分解能が低くなると著しく精度が悪くなることが見受けられる.また,Redundancyにおいては,5.8よりも高くなっても大きな差はない.特に強い水素結合に関与しているO2-H2については,分解能,Redundancyの影響を強く受けているようである.総合的には,高分解能,高いRedundancyをもつデータを用いたほうが,より良い結果を得ることができるが,通常の構造解析程度の分解能と,高めのRedundancyがあれば,HARを適用できる.短所としては,かなり制限されているところはあるが,MM法と共通のところもあり,これまでMM法を利用した経験があれば,利用上の大きな不便は感じないだろう.2.3これまで報告されたHARの検討例HARが実際にどの程度の精度で値を算出できるか,特に結合距離,ADPの誤差が大きいとされる水素原子に着目した検討例が,いくつか報告されている.8),10)-12)主に,計算条件(使用するSCF法や基底関数)を変えて行ったもの,Z'>1,Z'<1など非対称単位に対して,複131