ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No2

ページ
64/88

このページは 日本結晶学会誌Vol61No2 の電子ブックに掲載されている64ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol61No2

日本結晶学会誌61,130-135(2019)ミニ特集精密構造解析Hirshfeld Atom Refinementの概要と実例について㈱リガク応用技術センター佐藤寛泰,山野昭人Hiroyasu SATO and Akihito YAMANO: An Overview and Examples for Hirshfeld AtomRefinementHirshfeld atom refinement(HAR)is a method which determines structural parameters fromsingle-crystal X-ray diffraction data by using an aspherical atom partitioning of tailor-made ab initioquantum mechanical molecular electron densities. In this article, a short introduction of the methodand procedures are presented along with an actual example of the HAR refinement and evaluations ofthe result.1.はじめに物質がもつ物性を評価することは,新規材料開発や,材料の選択をするうえで非常に重要なことである.その物性は,主として物質の電子状態が起因していることが多いため,電子の挙動を電子密度分布として把握し,評価することが非常に有効である.この電子密度を求めるには,電子により回折されるX線回折法が有効である.また一方で,物質を構成する原子の位置も物性を理解するうえで,非常に重要な情報である.X線回折法では,X線は電子によって回折されるため,結合電子の影響で結合長が実際よりも短く観測される場合があるが,原子核と中性子との相互作用に起因する中性子回折法では,水素原子のような電子数が少ない軽元素でも,より厳密な構造パラメータを決定することができるとされている.X線回折法で得られる電子密度は,一般に,原子核の運動についての確率密度関数を有する静的な電子密度分布として近似される.単位格子の静的な電子密度分布は,通常,原子を中心とする電子密度の合計で表される.最も単純な近似では,球対称の電子密度をもつ自由な原子の集まりであるとみなされる.この近似,いわゆる独立原子モデル(Independent Atom Modelling:IAM)は,これまで何十万もの結晶構造精密化において使用されてきた.しかしながら,この方法では,上記で述べたように原子のもつ電子密度が原子核を中心として球対称に分布しているとする中性的な原子を想定したものであり,化学結合などは考慮されていない.したがって,価電子の割合の大きい軽い元素に,このIAM近似を適用すれば不具合が生じてしまう.そのため,化学結合の影響を“非球対称”の静的な電子密度として考慮する場合,精密化された原子座標および異方性変位パラメータ(Atomic Displacement Parameter:ADP)は,IAMで得られたものとは異なる値となる.非水素原子の座標は,IAMで精密化を行った座標と0.01~0.02 A以内の違いであることが多いのに対し,水素原子においては,原子座標およびADPはより大きな違いを示す.1)水素原子の電子は,水素原子と他の原子の結合電子としての役割ももつため,原子核の周りに球対称に分布しておらず,結合方向にずれている.このためIAMで精密化した水素原子と親原子の結合距離は,実際の結合距離より0.1 A程度過小評価されている.IAMで結合距離が過小評価される理由には,ADPにも原因があると思われる.図1に示すように,原子Xに結合している水素原子の熱振動は,原子Xを中心として,弧を描くような動きをしているが,IAMでは,熱振動を球対称で近似しているため,実際の結合距離よりも短く評価されると考えられる.これらの理由により,原子核によって散乱が起こる中性子回折法が,水素原子の座標とADPを高い精度で決める方法として用いられている.一方,多極子モデル(Multipolar Model:MM)は,電荷密度のより詳細な非球対称性の把握,および化学結合の影響を説明するために導入された.2)-7)しかしながら,MMによる水素原子のADPの精密化は特殊な場合のみ可能であるため,通常は,中性子線回折実験から求めた水素原子座標を用い,ADPの精密化は行われない.これ図1 IAMにおける水素原子の熱振動の取り扱い.(Handling of thermal vibrations of hydrogen atoms byIAM.)130日本結晶学会誌第61巻第2号(2019)