ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No2

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概要

日本結晶学会誌Vol61No2

田中清明照)とすると,P 2=Pを満足するように,Pを微小変化さ11)せてX線構造因子を観測値に合わせPを求める方法であり,Be結晶に適用された.12)この方法をHowardらがNH 2CHOに適用し,13)次項で述べる多極子展開法で得られたbond critical pointなどと比べている.Pが求められる点が重要であり注目していたが,その後,この研究は展開されていないようである.1.1.2電子密度に基づく解析―多極子展開法へ―そこで,波動関数に基づくX線電子密度解析法に代14),15わり,電子密度そのものを,三角関数)または球面16)-19調和関数)で表現し直す多極子展開法が登場した.Coppens教授の提案により,Hansen & Coppens 19)による方法がT. Koritsanszky博士が中心となりまとめられ,プログラムシステムとして頒布されて広く使用されている.解析結果を用いると,分子双極子・四極子モーメントなどの分子の電気物性が計算できる.17)さらに電子密度のトポロジカル解析が,R. Bader教授により提案され広く普及した.20)多極子展開法では,例えばポルフィリンのモデル化合物のような複雑な分子の電子密度もほぼ完全に数学的関数に置換される.21)多極子展開法につ22いて橋爪大輔博士)の優れた解説が本誌に掲載されている.1.1.3非調和熱振動解析一方,電子密度解析の進展に伴い温度因子の研究も進展した.3.1.2で述べるように,電子密度の非球対称性を取り除いた後に非調和熱振動による山や谷が差フーリエ図に残るので,電子密度解析と温度因子の研究は表裏一体の関係がある.原子が平衡位置r 0から,原子振動によりある瞬間にuだけ変位していると,構造因子中の位相項はexp(2πiS・r0)<exp(2πiS・u)>となる.ここでSは散乱ベクトルであり,<A>は振動するAの平均を計算することを示す.なお,<exp(2πiS・u)>は結晶構造解析における温度因子と等価である.Dawsonら23)は,原子周辺のポテンシャルをV(u)としたとき,exp(-V(u)/kT)をボルツマン因子とする平均を計算し,非調和熱振動解析を行った.V(u)をu(u1,u2,u3)の各成分のべき級数で展開し,中性子回折法で測定した蛍石型結晶の構造因子に適用してその四次項までを求めた.これは,その後,Willis 24)により,古典統計を利用する方法として一般化された.われわれはこの方法を一般の結晶場にも適用できるように拡張した.25)この方法のほかに,統計理論に基づく温度因子の定式化の代表的なものに,Gram-Charlier展開法(G-C展開と略す)があり,前項の多極子展開法に採用されている.G-C展開は確率論に基づく数学関数であり,原子振動などの物理的な仮定をいっさいしていない.そのため,多極子展開法で取り扱うべき電子密度の異方性もG-C展開は取り込むので,26)多極子展開法でも限定的な使い方をされている.古典統計を利用する方法は,非調和熱振動が大きくなると適用できない欠点があるが,波動関数に関する変数とともに最小二乗法で解析できる.G-C法には優れた点が多いので,27)中性子回折法でG-C展開した温度因子と原子位置が得られ,X線解析で定数として利用できるようになると,G-C展開は魅力的な方法になろう.1.1.4第3の方法―SCF-MO理論とX線回折実験の融合―多極子展開法では電気モーメント以外に,量子力学に直結し,物性に直接つながる情報は得られていない.このため,Jayatilakaら28),29)により,SCF-MO法によるエネルギー最小化の過程に,X線解析で使用される<χ2>を最小にする条件を,ラグランジュの未定乗数法を利用して加える方法が考案され,研究者間で支持されつつある.ただし,未定乗数λには適当な値を与える必要があり,SCF-MO理論とX線回折実験の重みをどう調整するか任意性が残る.2.波動関数に基づく解析―XAO解析法・XMO解析法―われわれは世界の電子密度研究者の多くが,多極子展開法に転じる中で,軌道モデルに基づくX線電子密度解析を行ってきた.X線回折実験から波動関数に肉薄したいと考えたからである.前述のように,MOを求める段階で軌道モデルによる電子密度解析は頓挫したが,その原因の1つがMO法の根幹をなす二中心散乱因子が,X線強度測定精度から考えると小さいためであった.時とともに装置・光源の抜本的な改善があり,われわれも同時反射を回避する測定法を開発するなど,30)-32)X線回折実験の測定精度も大幅に改善されたので,現在では,X線解析によりMOが求められる段階に至っている.本節ではわれわれの開発した解析法についてご紹介する.2.1 XAO解析法(X線原子軌道解析法)33)XAO解析法でも,原子の軌道を内殻と外殻に分け,内殻の電子には球対称原子散乱因子を使用し,すべての外殻の電子には非球対称散乱因子を使用する.各原子はs,p,d,fなどの副殻ごとに分割され,結晶の電気的中性条件の下,最小二乗法で原子軌道(AO)と各AOを占有する電子数が求められる.sからf軌道まで,結晶場のすべての対称性に対応できるプログラムQNTAOが作製されている.初期の3d-電子密度解析では,配位子のAOは取り扱われていないが,XAO解析により,立方晶希土類ホウ化物のすべての価電子の振る舞いが解析され,結晶内の温度変化に伴う電子移動など,興味深い現象がいくつも発見されている.34)2.1.1原子軌道モデルの基本式結晶中のa番目の原子のi番目の外殻のAOをΨa,i(r)とすると,原子軌道Ψa,i(κir)は一般に基底関数ψk(r)の一次結合で,112日本結晶学会誌第61巻第2号(2019)