ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No2

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概要

日本結晶学会誌Vol61No2

日本結晶学会誌61,111-122(2019)ミニ特集精密構造解析X線電子密度解析からすべての物性へ―XAO/XMO解析―名古屋産業科学研究所田中清明Kiyoaki TANAKA: From X-ray Electron Density Analysis to All Physical Quantities?XAO/XMO Analysis?Molecular orbitals were analyzed successfully by the X-ray molecular orbital analysis(XMO).Historical background and the bright future of X-ray electron density analysis based on wavefunctionsare described including the basic framework of the method.1.X線回折法の魅力X線回折法の魅力は何であろうか?X線回折法で測定される電子密度ρ(r)は,波動関数Ψ(r)の絶対値の二乗であるので,波動関数に最も近い,観測可能な物理量である.最近,測定した電子密度を解析して分子軌道(MO)を得ることが可能になった.その結果,任意の物理量を演算子化しこのMOに作用させると,観測期待値が求められる.例えば各MOのエネルギーεMOは下式で計算される.effεMO=∫Ψ()* mor HΨmo( rdr )(1)ここでH effは1電子ハミルトニアンである.X線回折法で求めたMOから任意の物理量の観測期待値を求めることが,基本的には可能になった.結晶の周期性に基づくポテンシャルエネルギーの定式化などまだいくつかの課題を残しているが,これらの解決は時間の問題である.本稿ではMOを求めるXMO解析法について,歴史的背景も含めて述べる.1.1歴史的背景J. C. Slater 1)が波動関数の絶対値の二乗である電子密度はX線回折法で測定できることに言及するなど,X線回折法は注目されてきた.しかし,「X線回折法の測定精度が低いため,現在は使えない.」とも述べている.1912年のラウエのX線回折の発見以来,1930年代には,原子2周辺の球対称電子密度を仮定した原子散乱因子)が整備され,分子全体の構造を明らかにできるX線回折法は,分光学と並んで自然科学に貢献してきた.しかし,1900年のプランクの量子の発見を端緒とする20世紀の量子力学の発展過程で,分光学が原子模型の確立に直接的な貢献をしたのに対し,その本来の特性から考えると,間接的な貢献に留まっていたことは否めない.ここで測定電子密度から波動関数に至るという道を開拓してきた先人の業績をまとめ,電子密度解析の本筋を明ら日本結晶学会誌第61巻第2号(2019)かにしたいと思う.1.1.1原子軌道モデルに基づく解析―球対称原子散乱因子から非球対称原子散乱因子へ―通常のX線構造解析では,James & Brindley 2)に代表されるように,原子周囲の電子分布は球状であるとして球対称散乱因子が計算される.これを結晶内の実際の電子分布に近づける試みが,量子化学の進歩に伴い,原子軌道(AO)と化学結合論を取り入れながら着々と行われた.McWeenyは水素原子様原子軌道を使用して,非球対称原子散乱因子を,X線散乱ベクトルの方向の成分と垂直な成分に分けて計算し3)良質の波動関数が利用できる水素分子に適用した.4)さらに結合に寄与する2つの原子にまたがる電子の結合散乱因子を,ガウス型関数を用いて表現し,5)σ-結合のみからなるダイヤモンドとπ-結合も併せもつグラファイトに適用して,その違いを示した.6)1964年,B. Dawsonは原子散乱因子が複素数であることを示し,7)第2,第3周期の原子のsp 3,sp 2,sp混成軌道の非球対称散乱因子を求め.このことを実証した.8)さらに一般化構造因子を定式化し,原子が対称心上にないとき,原子散乱因子と同様に温度因子も複素数であることを示した.9)ここまで,散乱ベクトルと軌道の方向との関係も含めると,一般化しにくい非球対称散乱因子が定式化されてきたが,1969年に至ってR. F. Stewartが,一般性の高い原子散乱因子とガウス型関数を使用した二中心散乱因子を定式化した.10)次に当然のようにX線回折法で測定した電子密度を解析して分子軌道(MO)を求める試みが行われた.しかし,MO理論と軌を一にして,波動関数に至る道を進んできたX線回折理論は,ここで頓挫した.二中心散乱因子が構造因子の測定精度に比べると小さいため(故R. Stewart教授談)および最小二乗解析で,強い変数間相互作用による変数の発散が解消できなかったため(故P. Coppens教授談)である.一方,直接MOを求めるかわりに密度行列を使用する方法も提案されていた.密度行列P≡C†C(C:2.2式(5)参111