ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No2
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日本結晶学会誌Vol61No2
橋爪大輔図7シラシクロプロパノン5とシリレン前駆体4.(Silacyclopropanone 5 and silylene precursor 4.)図95におけるSi?Cπ結合の生成.(Formation ofπ-bondsbetween Si and C atoms in 5.).図85のstatic model map.(Static model maps of 5.)aはC1?C2結合のBCPにおける断面,bはSi?C1?C2平面上の図.実線および破線はそれぞれ,正,負の電子密度を示す.再結晶に使った試料瓶を開けると直ちに分解が始まるので,結晶選びの時間が取れない.常に一発勝負で試料を選ばなくてはならない.シラシクロプロパノン5の三員環において,C1?C2の結合距離は1.6672(9)Aと炭素間単結合として非常に長いものであった.EDD解析の結果,Si?O二重結合のπ電子の分布は明瞭には観測されなかったが,結晶構造中でのSi?O部位への分子間相互作用の方向と,三員環面内方向にわずかに広がったEDDから,Si?O二重結合のπ軌道は三員環面内方向に分布していることがわかった.π電子の分布が明瞭でなかったのは,強く分極したSi+?O ?構造の寄与が大きいためであろう.異常に伸長したC1?C2結合のσ電子は,結合電子がSiに向かって伸びていた(図8).これは元来陽性なSiが,分極によって生じた正電荷によって強力な電子吸引能を得て,向かいのC1?C2結合のσ電子を引き寄せ,C1?C2結合を著しく弱めたためである.Si?C1,Si?C2の結合電子は三員環面内で環の外側に広く分布していた.この広がったEDDは,小員環に見られる「バナナボンド」による効果だけで説明するには,広すぎ,高すぎると直感した.C1?C2結合が切れかかりp性を帯びたσ軌道が,三員環面内にあるSi?O二重結合のπ*軌道と相互作用し,Si?C結合において二重結合性をもったと考えられる(図9).この考察を確認するために,5の前駆体であり,Si+?O ?のような分極のないシリレン(4)の構造解析およびEDD解析を行い,5と比較した.4においてC1?C2距離は1.5689(4)Aであり,一般的なC?C単結合よりも少し長かったが,5よりも顕著に短かった.C1?C2σ結合のEDDは若干Si方向に延びていたが,5ほどの広い分布は見られなかった.Si?C結合のEDDは5よりも分布が狭く,高さも低かった.つまり,4のEDDの特徴は5に類似しているが,その度合いは明らかに小さいものであった.この比較によって,5のEDDからの電子状態の考察が確かなものとなり,シラシクロプロパノンにおけるC?Cσ結合開裂の状態を示すことができた.本研究で行った,前駆体と生成物の両方をEDD解析して結合状態の本質を追求する手法は,そこから得られる情報が格段に向上するにもかかわらず,世界的にも行われていない.これは,比較すべき対象を適切に選択し,成功率の低いEDD解析を比較対象も含め複数成功させる必要があるためであろう.さらに,解析に堪えうる化合物を合成・結晶化できる,高い合成手腕をもった合成化学者との,対等で密接な連携も不可欠であることを強調したい.5.触媒反応のEDDによる反応機構解析への挑戦13)触媒を使った化学合成は,高価値化合物の効率的な合成に不可欠である.反応の改良や新規反応の開発方法はさまざまあるが,系統的・高効率な触媒および反応開発は,既知の反応の反応機構を明らかにし,これに基づいて行われる.反応機構の解明は,X線結晶構造解析と,その構造を再現する電子状態を計算化学で求め進められる.しかし,多くの反応が行われる溶液系を例に挙げると,溶液中で起こる反応を,固相(X線結晶構造解析)・気相(計算化学)からの考察だけで,議論することに筆者は強い違和感を覚えた.溶液中の電子状態という視点が抜けているからである.理研の五月女宜裕博士,袖岡幹子博士らは,ニッケル錯体触媒によるα-ケトエステルとニトロンとの不斉[3+2]環化付加型反応を開発した(図10).この反応は,3つの連続する不斉点を有するヘテロ環化合物のジアステレオ選択的に合成することを可能とするものである.反応機構を明らかにすべく,反応の鍵となるNi錯体触108日本結晶学会誌第61巻第2号(2019)