ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No2
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日本結晶学会誌Vol61No2
電子密度分布解析による新奇化学結合状態の解明と化学反応解析への展開図5シクロペンチン骨格を有するZr錯体3.(Zirconacyclopentyne complex 3.)パーを購入して試料の運搬に備えた.実験日程が決まり,実験の数日前に試料を合成・結晶化し,実験室系での予備実験の後,KEKでの測定を行った.PF-AR NW2ステーションにおいて,回折データ収集を行ったところ,懸念していたとおり試料に結晶性の低下がみられた.このため,高分解能領域の回折データを観測することが難しかったが,どうにかEDD解析を行うことのできるデータを得ることができた.錯体3の構造は,最初に合成されたものと特徴が一致していた.シクロペンチン環(Zr?C1?C2?C3?C4)は平面であり,C2?C3の結合距離は1.250(3)Aであり,C?C三重結合の一般的な距離(1.18 A)9)より長いが,シクロペンテン中の二重結合(1.32 A)9)よりも明らかに短い.C1,C4上のHは,シクロペンチン環平面に垂直方向に位置していた.これら水素原子の位置から,C1,C4の混成状態はsp 3ではなく,sp 2であることがわかった.したがって,シクロペンチン骨格のC1?C4部分の電子軌道の配列はシクロペンチン平面内にC1~C4の2p軌道が並び,かつ,C2,C3の間でシクロペンチン平面に垂直な2p軌道が配置すると考えられる.したがって,このp軌道の配置では,η2 -σ,σ⇔η4 -π,π共役および,(η2 -σ,σ)+(η2 -π,π),いずれの状態も可能であるため,構造情報のみから電子配置を決定することはできなかった.EDD解析を行えば,BPの経路やBCP上の電子密度などから,電子配置を決定できる.シクロペンチン環上のLaplacian図(図6)において,Zrの電子欠如部位に向いたC1,C4の電子密度の集中(VSCC)は原子上ではなく,それぞれC1?C2,C3?C4結合軸方向に寄っていた.C2?C3のBCPにおける結合の断面のVSCCはシクロペンチン環の垂直方向に伸長していた.これらの特徴はC2?C3間の三重結合を形成する2つのπ軌道のうち,シクロペンチン環面内のπ電子がC1,C4に非局在化しており,η4 -π,πの寄与があることを示していた.C1?Zr,C4?ZrのBPも,C1?C2,C3?C4結合方向に曲がりZrに到達するものであり,η4 -π,πの寄与を明確に示していた.したがって,EDD解析から,錯体3のシクロペンチン部分の結合状態が,η2 -σ,σ⇔η4 -π,π共役で日本結晶学会誌第61巻第2号(2019)図63のLaplacian図.(Laplacian maps of 3.)左図はシクロペンチン環平面,右図はC2?C3結合のBCPにおける断面.青,赤の等高線はそれぞれ,電子の集中と減少を表す.編集部注:カラーの図は電子版を参照下さい.あることが明らかとなった.本研究で,計算化学で明らかにできなかった特異な結合の様式を実験的に解明することに成功し,いよいよこの分野への興味が高くなった.また,EDD解析の利点が活かされる領域でもある.しかし,特異な結合をもつ化合物のほとんどが,空気,水,温度に対して不安定であるため,化合物の保存・輸送とハンドリングに非常な困難さがある.可能であれば,合成・結晶化したての「新鮮」な試料を測定に使いたい.一方で,EDD解析に不可欠な高分解能・高精度の回折データ収集には放射光施設の利用が必要である.放射光施設利用のためには,試料の新鮮さを幾分犠牲にせざるを得ない.高輝度・低発散のX線,高感度・低ノイズの検出器,まさに放射光施設が研究室にあれば…とわがままな考えをもつに至った.10)4.2シラシクロプロパノンのC?C結合開裂放射光のような装置が欲しいと願っていたところ,微小焦点X線発生装置と人工多層膜ミラーと高感度・低ノイズCCD検出器を搭載した単結晶回折装置が発売された.早速,メーカーの工場に出向きデモ測定を行った.その結果,本物の放射光には届くはずもないが,筆者の要望をほとんど満足する装置に仕上がっていた.なんとしても欲しい.思いつく限りの手を尽くし,装置購入に漕ぎつけた.装置を購入してしばらくは高輝度実験室系X線による11高速測定)や微小結晶のルーチン構造解析,EDD解析12を使った占有率の低い水素原子位置の解析)などの研究を行っていた.この頃,元素化学-EDD解析で共同研究を行っていたToulouse大の加藤剛博士の研究室からRicardo Rodriguez博士が短期JSPS fellowとして筆者の研究室に着任した.Rodriguez博士は加藤博士とともに,これまで合成例がほとんどないSi?O二重結合を有するシラシクロプロパン(5,図7)の合成に成功していた.早速,EDD解析に向け合成と結晶化を行った.なお,この分子は空気中で一瞬にして分解してしまうため,保管が困難であり,合成・結晶化直後に測定する必要がある.107