ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No2

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概要

日本結晶学会誌Vol61No2

橋爪大輔炭素C1は,C2,C6,C6 i(i; 1?x,y,1/2?z)とequatorial平面を形成し,トリルオキシメチル基(?CH 2OTol)の酸素(O1)がC1のapical位にvan der Waals半径より短い距離(O1?C1:2.6822(4)A)で近接している.結晶学的対称性のため,2本のaxial結合は等価である.この構造から,中心炭素C1の混成状態はsp 2であり,ホウ素化合物1と同様にequatorial平面に垂直な2p z軌道がholeとなっていると考えられる.中心炭素C1を通り,C1,C2,C6,C6 iからなるequatorial平面に垂直な面のstatic model map(図4)上に,C1の2p z軌道のhole,これに向かって伸びるO1のLPが明瞭に観測された.このEDDは1で観測されたEDDと同様の特徴を示しており,axial結合がO1のLPから,C1のholeへの静電的な電子供与結合であることを示している.AIM解析の結果,axial,equatorial結合ともに,それぞれ,BCPとBPが観測され,C1が5本の化学結合を形成していることが明らかとなった.BCP上の電子密度(ρ)および,Laplacian(∇2ρ)値は,axial結合(C1?O1)では,0.115(3)eA?3,1.170(3)eA?5,equatorial結合では,1.856(10)eA?3,-16.52(3)eA?5(C1?C2),2.007(16)eA ?3,-19.35(2)eA ?5(C1?C6)であった.これらの値は,axial結合の電子供与結合性,equatorial結合の共有結合性と,axial結合がequatorial結合に比べ著しく弱い結合であることを示している.この2本のaxial結合の電子構造は,sp 3混成の四面体型4配位炭素において1つの置換基が脱離しつつあり,平面化した中心炭素に脱離基の背後から求核試薬が結合を形成しつつある状態と近いものであり,S N2求核置換反応の中間状態モデルの電子状態を実験的に可視化したものである.この研究で化学反応の中間状態をモデル化合物ではあるが観測することに成功し,「反応中間状態や化学反応を見図42のC1のsp 2平面断面におけるstatic model map.(Cross-sectional static model map of the sp 2 -plane atC1 of 2.)実線および破線はそれぞれ,正,負の電子密度を示す.たい」という夢を少しだけ実現することができた.4.ヘテロ小員環化合物の結合状態4.1シクロペンチン環を有するZr錯体の結合状態5)アセチレンに代表されるC?C三重結合を有する化合物アルキンでは,炭素原子の混成状態がspであるため,結合角は180°である.したがって,アルキンを含む小員環化合物は結合角が小さくなるため合成が困難である.ところが,理研(当時)の鈴木教之によって,C?C三重結合を含む5員環化合物シクロペンチンがZr錯体として合成された.6)特異な結合状態をもつ物質が発表されると,すぐに計算化学の専門家が結合状態解析を始めるのが研究の自然な流れである.この化合物も例外ではなく,合成の報告からわずか1年後,偶然にも同じ学術誌から,2グループの論文が出版された.DFT計算の結果から,LamとLinはこの分子の結合状態が,2,3?ブチンの両末端のCがZrにσ配位したη2 -σ,σと,三重結合の一部が1,4位のCと共役し生じたクムレンの1,2および,3,4間のπ結合から配位したη4 -π,πの共役状態であるとした.7)一方で,Jemmisらは,LamとLinが指摘した共役構造ではなく,両末端Cのσ配位によるη2 -σ,σと,三重結合からのπ配位による,(η2 -σ,σ)+(η2 -π,π)結合であると報告した.8)その頃,筆者は電通大から理研の研究支援部門に移り,粉末および単結晶X線回折を軸とした研究支援業務に従事していた.その当時,研究室には単結晶回折装置は旧型の装置が数台あるのみで,EDD解析による研究など行う術もなかった.また,装置のメンテナンスとルーチンワークに忙殺される日々が続き,半ば自身で行う研究は諦めていた.ところが2,3年程,丁寧にルーチンワークを行ううち,X線回折を通じて研究について深く語り合うことのできる友人が多くできた.本化合物を合成した鈴木博士もその一人で,シクロペンチン骨格を有するZr錯体の結合状態について結論が出ていないこと,X線でなんとかならないか,と相談を受けた.そこで筆者はEDD解析によれば,実測に基づく結合状態の評価を行うことができる旨を伝えた.直ちに共同研究を行うことが決まり,EDD解析のためのデータを収集できる装置を探した.幸いなことに,KEK PF-ARに東工大(当時)の尾関准教授により,CCD回折装置が導入されたと聞き,CCD装置の使い方もわからないまま,測定について相談したところ,装置の利用と実験の支援をご快諾いただいた.早速,シクロペンチン部分に置換基がなく結合の評価を行いやすい試料(3,図5)の合成と結晶化,実験室系での予備実験を行い,KEKでの実験に備えた.ところが,化合物が不安定であるために,空気中・室温での保管が困難だった.なけなしの研究費から,ドライシッ106日本結晶学会誌第61巻第2号(2019)