ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No2
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日本結晶学会誌Vol61No2
橋爪大輔手」を見たいと思うようになった.その後,進学した大学で,化学反応の中間状態について学んだ.これは「結合の手」が切れたり,つないだりする,結合が生まれる瞬間であり,そのような中間状態,さらには化学反応全体を見たいと考えるようになった.2.2 X線回折法による電子密度分布解析との出会い大学院に進み単結晶X線回折を使った研究を始めた.しかし,結合の手を観察する手法に非常に近いところに居ながら,EDD解析の研究を始めることはなかった.その理由は,博士課程(1990年代中旬)で進めていた固相反応制御の研究に夢中になっていたことが一番の理由であるが,当時,EDD解析の研究が廃れていたことにも原因がある.1978年に多極子展開法によるEDD解析が開発され,1)結合の手を見る手法が確立されていた.しかし1990年台後半まで,単結晶回折装置と言えば四軸型装置であり,低温測定も一般的ではなかった.したがって,EDD解析を目的としたデータ収集は,ひと月ほどの時間がかかり,さらに,低温装置も現在ほど安定でなかったため,長時間の装置占有,試料への霜付きが問題であった.この状況では,研究対象とする分子の自由度が低く,本手法についてあまり魅力を感じなかった.その後,電気通信大学に助手(現在の助教)として採用していただいた.所属した岩崎不二子教授の研究室では,四軸型回折装置を用いて分子磁性の起源解明をターゲットとした金属錯体や有機ラジカルのEDD解析の研究を行っていた.EDD解析を始める絶好の機会であったが,時間のかかる測定と,解析手法自体とコンピューティングの難しさに直面し,EDD解析を始めることに二の足を踏んでいた.ところがこの頃(90年代末),大面積イメージングプレート(IP)や,CCD検出器を搭載した単結晶回折装置が発売された.回折データを0次元でなく,二次元で測定できるので,測定時間の飛躍的な短縮が期待できる.これらの装置を使えば,数日でEDD解析のデータを収集することができる.低温装置の性能も向上し,試料への霜付きも大きく改善された.これらを使えば,これまでEDD解析のターゲットとなっていなかった不安定試料や構造の大きい試料の解析も視野に入った.よくしたもので,広島大の山本陽介教授と,5配位ホウ素化合物の結合状態の解析について共同研究をする機会を得た.ホウ素の原子価は3であり,一般的には結合の手の数は3本である.それが5本も手を出す.高校時代から求めていた「新奇な結合」を観測するチャンスである.ちょうど,購入することのできた,リガク社のRaxis-Rapidを使って,EDD解析のデータ収集を行った.MoKα線を用いて,分解能(sinθ/λ)max=1.2 A ?1の高redundantなデータを数日で測定することができた.3.超原子価5配位ホウ素および炭素化合物3.1 5配位ホウ素化合物の結合状態2)ホウ素がアントラセンのipso位とカテコールに結合した化合物(1,図1)は,中心ホウ素(B1)とこれに結合したC1,O3,O4からなる平面三角形のapical方向から,2つのperi位上のメトキシ基(?OCH 3)の酸素がvan derWaals半径の和よりも近い距離(B…O1:2.3780(9)A,B…O2:2.4367(9)A)で弱く結合した,三角両錐型構造である.アントラセン上のB1,O1,O2はアントラセン平面上にあり,アントラセン骨格に対して,ホウ素に結合したカテコール部分がほぼ直角,2つのメトキシ基が面内に位置している.中心のホウ素原子がC1?O3?O4平面内にあることから,中心ホウ素原子の混成状態はsp 2である.ホウ素の価電子数が3であることから,sp 2混成では,B1?C1?O3?O4平面に垂直な2p z軌道に空孔が生じる.2つのメトキシ基のメチル基が中心ホウ素と真逆の方向を向いていることから,メトキシ基酸素上のlone pair(LP)が中心ホウ素原子の方向を向いていると考えられる.この分子構造の特徴から,O1?B1?O2部位において,B1の空の2p zにO1,O2のLPから電子供与があり,結合的に相互作用しているものと予想される.この化合物1について多極子展開法によるEDD解析を行った.アントラセン平面上の熱振動の影響を除いた差フーリエ図(static model mapまたは,static deformation(density)map,図2)に,結合電子だけでなく,メトキシ基酸素上のLP,ホウ素上B1?C1?O1?O2平面に垂直に2p z軌道分布に由来するholeが明瞭に観測された.分子構造から予想されるとおりO1?B1?O2部位では,メトキシ基酸素のLPが中心ホウ素のhole(2p z軌道)に向かって伸びており,LPからholeへの供与結合の形成を示していた.一方,中心ホウ素と平面三角形を形成しているC1,O3,O4とB1の結合では,通常の共有結合に見られるように,結合軸上に電子密度が観測された.定性的に結合様式についての知見を引き出すことができ図15配位ホウ素化合物1.(Penta coordinate boroncompound 1.)104日本結晶学会誌第61巻第2号(2019)