ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No2
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日本結晶学会誌Vol61No2
日本結晶学会誌61,103-110(2019)総合報告(学会賞受賞論文)電子密度分布解析による新奇化学結合状態の解明と化学反応解析への展開国立研究開発法人理化学研究所創発物性科学研究センター橋爪大輔Daisuke HASHIZUME: Characterization of Labile Chemical Bonds and ReactionProcess Analysis Based on Electron Density Distribution(EDD)AnalysisLabile chemical bonds generate an intermediate state of chemical reaction and exhibit an ultimateof orbital interaction forming a chemical bond. Detailed investigation of such bonds construct a solidbasis for understanding the origin of chemical bond and bond formation. Herein the author describeselectronic structures of labile chemical bonds such as hypervalent bonds, small-cyclic alkyne, andintermediate states of C?C bond cleavage, derived by experimental X-ray electron density distribution(EDD)analysis. A novel approach is also presented for analyzing the mechanism of catalytic reactionbased on EDD analysis closely related to spectroscopy and theoretical calculations.1.はじめに結晶構造解析に基づく構造化学研究では,解析によって得られた原子間距離・結合角といった構造パラメータを,データベースなどを用いて,既知の分子や結合と比較して,その性質を詳らかにする.ところが,研究対象がこれまでに合成されたことのない「新奇」な結合である場合,既知の分子構造パラメータが比較対象として使えないだけでなく,構造を基盤とした研究の確からしさ,特に,理論化学計算の確度を実験的に担保することが難しくなる.このことは,構造化学における議論の流れが,構造の実測⇒計算化学による電子状態解析となっている現在では,化合物の性質の理解とそれを基盤とする研究の展開に大きな障壁となっている.そこで,結合距離などの構造パラメータだけでなく,結合に関与する価電子の分布がわかれば,計算化学的手法を経由しなくても,結合の本質および,反応性や磁性などの分子・結晶構造に由来する創発的物性の起源を明らかにすることができる.これを可能とする解析手法が電子密度分布(EDD)解析である.結晶によるX線の回折は結晶中の全電子密度分布の情報を含んでいる.「通常の構造解析」を目的とする解析においては,原子を球状と仮定し,構造モデルを作る.この方法では,価電子の分布は構造モデルに含まれない.したがって,価電子密度の分布は差フーリエ図上にピークとして,すなわち球状原子モデルからの「ずれ」として観測される.EDDの定性的な理解には,この差フーリエ図の情報で十分な場合もあるが,実測のEDDの非球状部分は,価電子の分布以外に熱振動の影響を受けるので,特に熱振動の異日本結晶学会誌第61巻第2号(2019)方性が顕著な分子結晶については,価電子のEDDが不明瞭・不確かになることがある.また,実測データを用いたEDDは常に測定に由来するノイズを含むので,この影響でEDDが歪むことがある.そこで,筆者は多極子展1開法によるEDD解析)によって,結合として合成例の少ない「新奇」な結合の電子状態を明らかにしてきた.本稿では,筆者がこれまで行ってきた特異な結合をもつ典型元素化合物を中心に,EDD解析で結合の何が見えたのかについて,研究に至るエピソードも含めて解説し,化学反応解析を目指したEDD解析と分光学,計算化学の協奏研究について概説する.2.新奇化学結合解析と電子密度分布解析2.1「不思議な結合」との出会い筆者の新奇な化学結合への興味は高校時代に遡る.当時,化学結合については,「化学結合には,イオン結合と共有結合がある,共有結合は典型元素間で生成し,その本数は元素の原子価と一致する,そして,イオン結合は金属がイオン化し生じた陽イオンと電子を受取った典型元素から生じる陰イオンがクーロン力によって引き付けられる」,程度の理解であった.ところが,金属イオンの分属の実験で,[Cu(NH 3)4]2+,[Al(OH)4]-といった化学式で表現される化学種が得られることに衝撃を受けた.これらは,金属イオンと典型元素の結合を有していたからである.そこで,近所の図書館に行き化学の専門書を調べると,これらは金属錯体という化合物で,金属と典型元素の間で配位結合を形成していると知った.それでは,共有結合,イオン結合,配位結合は実際どのように違う結合なのか,理科の授業で教わった「結合の103