ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No2
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日本結晶学会誌Vol61No2
三木邦夫鎖構造に対して,タンパク質結晶学は機能を解明するための基本となる確かな情報を世に出してきた.X線回折データは,そもそも結晶内に存在するタンパク質分子のすべての電子状態についての情報を含んでいる.したがって,高分解能での解析を十分に高い精度で行うことによって,すべての電子状態(電子分布)を観察することが可能である.タンパク質ではそのような超高分解能での構造解析はできないと考えられていたのは,タンパク質での高分解能結晶が得られにくく,また,大きな結晶格子からの弱い回折を高い精度で測定するのが難しいという技術的な問題が原因であった.しかしながら,放射光技術をはじめとするさまざまな技術革新によって,タンパク質分子構造の高分解能・高精度解析が可能になろうとしている.1.5 A分解能以上の高分解能になると各原子が分離され始め,分解能が高くなるにつれて,水素原子位置が決定できて,非水素原子を異方性温度因子で精密化することが可能になる.現状では,PDBで1 A分解能より高い登録はおよそ850個(全体の0.65%)で,さらに0.8 A分解能より高いものは70個(a)(c)図8(b)(d)高電位鉄イオウタンパク質,HiPIPの超高分解能(0.48 A)での結晶構造.(Ultrahigh resolution crystalstructure of HiPIP at an ultrahigh resolution(0.48 A).)78)(a)HiPIPの全体構造における平面構造からずれたペプチド結合(赤色).(b)Static deformationマップ(黄色:+0.1 e/A 3,オレンジ:+0.3 e/A 3)を表面にして,水素原子のオミットマップ(3σ)を水色メッシュで表示.(c)Fe 4S 4型鉄イオウクラスター.FE1,FE2,S3,S4から構成されるサブクラスター1(赤色の斜線網掛け)およびFE3,FE4,S1,S2から構成されるサブクラスター2(青色の点の網掛け).括弧内の数字は各原子の電荷.(d)Static deformationマップ.原子近傍の電子密度を,赤(鉄),黄色(イオウ)および緑色(システイン残基Sγ)の表面で表示.編集部注:カラーの図は電子版を参照下さい.程度に過ぎない.しかし,条件が整えば,電子密度解析(外核電子を含めた電子分布の観察や電子数解析)にも新たな道が拓かれるようになった.78),79)筆者らは,光合成電子伝達タンパク質である高電位鉄イオウタンパク質(HiPIP)の0.48 A分解能での結晶構造解析を行った.内殻電子と外殻電子の寄与を独立に扱う多極子原子モデルによる精密化の結果,タンパク質としては初めて,鉄のd電子やポリペプチド鎖の結合電子,孤立電子対を結晶構造で実験的に観察することができ,各原子上に存在する電子数を実験的に見積もる電子数解析を行うことができた(図8).78)このような超高分解能解析は,タンパク質結晶学における新しい可能性を示すものになると期待している.7.おわりに筆者の研究を通しての視点であり,この分野の全体を俯瞰することにはなっていないが,40年間のタンパク質結晶学の進歩を記録した.本稿の表題である「構造生物学から生物構造化学へ」ということでは,構造生物学での結晶学の発展のみならず,つい最近までは可能になるとは思わなかったタンパク質の超高分解能解析を最後に示した.これによってタンパク質の化学結合や反応性について,実験結果からいわゆる「化学」を直接的に論じることが可能になろうとしている.結晶学で金属錯体の外殻電子を実験的に観察するということは,筆者がこの分野の研究を始めた頃に,齊藤喜彦博士(東京大学名誉教授,本会元会長,故人)のグループがコバルト錯体の電子密度解析を行うという画期的な結晶学研究が注目を集めていた.80)それからおよそ40年が過ぎ,タンパク質分子で鉄原子を含んだ電子密度解析ができるようになったことには大きな感慨がある.タンパク質内での反応に直接関係する価電子を実験的に観察することで,タンパク質の機能に直結した化学情報が獲得できる.また,結晶構造解析と量子科学計算の連携も今後ますます重要性が高まると考えられる.このような方向の研究を「量子構造生物学」と呼んで,数年前からその推進を目指してきたが,タンパク質結晶学の将来の1つの進む方向として発展を期待したい.謝辞本稿に記した研究は,東京工業大学資源化学研究所,京都大学大学院理学研究科,および理化学研究所播磨研究所(兼務)の筆者の研究室で行われたもので,その一部は前任地である大阪大学工学部での研究を継続したものである.研究の成果は,それぞれの研究室の職員,研究員の皆さん,在籍された大学院生諸君の努力の結果である.また,多くの共同研究者の方々との良好な協力関係の結果でもある.個々のお名前を記すことができな100日本結晶学会誌第61巻第2号(2019)