ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No2

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概要

日本結晶学会誌Vol61No2

三木邦夫国の構造生物学研究の大きな底上げに貢献したことは確かである.その結果,それまで構造解析の経験がなかった生化学者や分子生物学者も,自らの研究の延長としてこの分野に参画することになり,タンパク質結晶学を専門とする研究者は,結晶学がより多くの研究者のツールになる環境を作るため,解析の自動化・迅速化などの整備に力を注ぐことになった.21)また,教育と研究の両方を担う大学が,このプロジェクトにどのように取り組むかについてもいろいろな議論がなされた.22)構造ゲノム科学プロジェクトで,単純に網羅性や迅速性を求める方向に対して,タンパク質結晶学の研究者に何某かの違和感があったことも事実で,個々のタンパク質の構造・機能研究の深遠さを大切にしたいとの思いも深めた.23),24)構造ゲノム科学プロジェクトの後には,より難しい構造解析のターゲットとして,複雑な超分子複合体状態での膜タンパク質,細胞内で機能する状態での(過渡的な反応)複合体などを対象に,実際に生体内で反応が起こる状態での構造情報を得ることに目が向けられた.さまざまな複合体状態での構造を決定することは,細胞内での生体分子間相互作用(タンパク質とタンパク質,タンパク質と核酸,タンパク質と基質など)を可視できるという点で,そもそも結晶構造解析の1つの大きな強みであった.タンパク質結晶学は今や成熟した研究手法になりつつある.このようなタンパク質結晶構造解析の汎用化(自動化,迅速化)への努力は,Photon FactoryやSPring-8など放射光施設を中心に現在も継続して行われている.5.生体分子間相互作用の解明図3光合成反応中心と集光アンテナタンパク質との複合体(LH1-RC)の結晶構造.(Crystal structureof the complex between the reaction center and lightharvestingantenna(LH1-RC).)28)紅色光合成細菌T.tepidum由来.光合成細菌の反応中心複合体の構造決定から30年後に,これに光エネルギーを与える集光アンテナタンパク質との複合体構造が明らかになった.(a)ペリプラズム側から見た構造.光合成反応中心(RC)が中央部に位置し,それを集光アンテナタンパク質(LH1)が楕円状に取り囲む.LH1のαサブユニットとβサブユニットからなるαβヘテロ二量体(二量体あたり2分子のバクテリオクロロフィルがある)16個がRCの周りにある.(b)膜断面方向から見たLH1-RC複合体.編集部注:カラーの図は電子版を参照下さい.このようなタンパク質結晶学が発展する中で,筆者らの研究室では,タンパク質における生体分子間相互作用の解明を目指して,光合成反応の分子機構,25)-28)DNAの認識と機能制御,29)-34)タンパク質のフォールディング35)-40)や成熟化,41)-47)物質輸送・貯蔵,48)-52)酵素・タン53)-76パク質における分子認識や電子伝達)などのテーマについて構造生物学研究を行った.下記にいくつかの例を示す.光合成反応の分子機構の解明については,光合成反応中心複合体の研究以来,継続して進めた.構造解析が困難な対象で,それまで長く携わってきた光合成反応中心と集光アンテナタンパク質との複合体(LH1-RC)の結晶構造解析にも成功することができた28)(図3).DNAの認識と機能制御の構造生物学からの解明については,光回復酵素,29)-31)複製開始タンパク質32),33()図4),酸化スト34)レスに応答する転写因子SoxRおよびそのDNA複合体の結晶構造を決定した.タンパク質のフォールディングに関係するタンパク質は,タンパク3000プロジェクトの個別的解析のテーマでもあり,35)-40)シャペロニン(グ35ループⅠ型)36およびⅡ型)),プレフォルディン,37)各図4DNA複製開始を制御するタンパク質RepE(単量体と二量体)のDNAとの複合体の結晶構造.(Crystalstructures of monomeric and dimeric forms of DNAreplication initiator, RepE complexed with iteron andoperator DNA’s.)32),33)RepEは大腸菌のFプラスミドにおいて,単量体では複製開始因子としてはたらき,二量体ではリプレッサーとして機能する.(左)RepE単量体(紺)とイテロンDNAとの複合体,(右)RepE二量体(単量体をそれぞれ紺と水色で示す)とオペレーターDNAとの複合体.編集部注:カラーの図は電子版を参照下さい.種の熱ショックタンパク質39),40)をはじめ,関連するタンパク質の構造解析を行った.タンパク質成熟化については,ヒドロゲナーゼ(微生物での水素の可逆的酸化還元反応を触媒)に活性中心となる[Ni,Fe]クラスターを組み込む成熟化因子(6つのHypタンパク質)の結晶構造を決定し,この分野で先駆的な研究を展開できた.41)-47)とりわけ,これらの成熟化タンパク質が,金属組み込みのさまざまな過程で相手を変えて作る過渡的な複合体のいくつかも構造決定することができた.細胞内である程度の安定性がある複合体98日本結晶学会誌第61巻第2号(2019)