ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No2

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概要

日本結晶学会誌Vol61No2

構造生物学から生物構造化学にいたるタンパク質結晶学の展開(図1).9),10)膜タンパク質の最初の結晶構造であること,光合成初期過程の反応機構の解明に大きく貢献したことで,1988年にノーベル化学賞の授賞対象となった(J.Deisenhofer, H. Michel, R. Huberの各博士が受賞).帰国後には2つの新たなプロジェクトを始めた.1つは,ドイツでの研究の延長で,光合成細菌の初期過程での電子伝達にかかわるシトクロムc2,11)-14)もう1つは肝臓ミクロソーム(小胞体)に存在する脂質代謝にかかわるNADH-シトクロムb 5還元酵素15)-17)で,ともに電子伝達を担うタンパク質であった.いずれも細胞組織から目的タンパク質を精製することから始めたが,どちらも結晶化することができ,その後最終的に構造解析に成功した.当時,研究室には生体高分子用の実験機器・器具はほとんどなかったが,光合成の研究に対して科学研究費重点領域研究(当時)「光受容の分子機構」から援助を得たことはたいへんありがたかった.幸いにも,これらのプロジェクトはいろいろな展開を見せて現在も続いている.18),19)この頃のわが国での1つの問題はモデル構築を行うためのコンピュータグラフィクスが,当時の獲得可能な研究費に比べてきわめて高価であったことである.3.1990年代のタンパク質結晶学1990年代になってもPDBに登録されたタンパク質の構造は500程度しかなかった.この状況は1990年代後半から一変し,PDBに登録されるタンパク質は飛躍的な増加を見せることになる(図2).このような状況には,この分野に固有な2つの理由が考えられる.1つは結晶化に必要なタンパク質を遺伝子工学の技術で作り出せるようになったことである.結晶化にはその試行錯誤の段階を含めて多くのタンパク質試料が必要で,そのため,結晶構造解析の対象としては細胞内の存在量が多いものに限らざるを得なかった.遺伝子工学の技術が各研究室レ1400001300001200001100001000009000080000700006000050000400003000020000100000図2YearTotal197219741976197819801982198419861988199019921994199619982000200220042006200820102012201420162018PDBにおけるX線結晶解析で決められたタンパク質構造の登録数.(Number of entries of proteinstructures determined by X-ray crystallography inPDB.)各年ごとの登録数(Year)と登録数の累計(Total).1990年後半からの急激な増加が見える.日本結晶学会誌第61巻第2号(2019)ベルで使えるようになったことで,十分な量の試料を手に入れることができる場合が多くなった.また,細胞内にごく微量しか存在しないタンパク質でさえも,構造解析の対象にできる可能性が出てくるようになった.もう1つは,1980年代には各国でシンクロトロン放射光施設が建設され,1990年代には多くの利用者が放射光を使える環境が整っていったことである.大強度のX線源の汎用的な利用は,X線の検出器の進歩とも相まって,回折能の弱いタンパク質結晶でも効率的な測定を可能にした.さらには,放射光の波長可変性は異常分散の効果的な利用を促進し,多波長異常分散法が位相決定の障壁を低くするのに貢献した.科学技術計算の処理能力はこの間着実に向上して,タンパク質結晶学での計算処理は,それまでの大型計算機などに代わって研究室単位でも手に入るワークステーションが主流になり,ほとんどの計算処理がこれで賄えるようになった.わが国の科学の研究費事情も徐々に改善されてきて,世界水準の研究成果を出せるようになったのもこの頃である.1994年にはNature誌の姉妹紙であるNature Structural Biology(現在の誌名はNature Structural and Molecular Biology)が創刊され,「構造生物学」という分野は広く認知されるようになった.4.今世紀のタンパク質結晶学タンパク質結晶学の強みは,言うまでもなく,タンパク質の折りたたみ構造(フォールディング)と活性部位を構成するアミノ酸の配置を原子のレベルで実験的に決定できることにある.しかしながら,それまでに構造情報が得られていたタンパク質は,細胞内でのタンパク質のはたらきを総括的に理解するには,あまりに限られた数でしかなかった.今世紀に入ってからは,解析技術の進歩に相まって,細胞内ではたらくタンパク質の構造を網羅的に決定しようという構造ゲノムプロジェクトが世界的に注目されるようになった.わが国では,タンパク質の構造ライブラリー構築を主眼に置いた構造ゲノム科学が,国家プロジェクトとして理化学研究所で起案されるに至った.しかし,その当時,タンパク質結晶学を進めてきた研究室のほとんどは全国の大学にあった.そのため,全国の大学も理化学研究所のプロジェクトに参画して,独立にこれを推進することの必要性を各方面に説いた結果,理化学研究所と全国の大学との両方でプロジェクトを推進することになった.理化学研究所でのプロジェクトは網羅的解析プロジェクト,全国の大学は個別的解析プロジェクトと銘打って,全体で3,000個のタンパク質構造を決定することが目標とされた.20)この「タンパク3000」プロジェクト(2002~2007年)にはさまざまな評価があるが,全国の大学における研究に必要な研究基盤整備や構造生物学に携わる研究者の増加など,わが97