ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No2

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概要

日本結晶学会誌Vol61No2

日本結晶学会誌61,95-102(2019)総合報告(学会賞受賞論文)構造生物学から生物構造化学にいたるタンパク質結晶学の展開京都大学名誉教授三木邦夫Kunio MIKI: Development of Protein Crystallography from Structural Biology toBiological Structural ChemistryA history of protein crystallography is looked back over for the past forty years where outstandingmethodological development has been made. Protein crystallography has become one of wellmatured experimental techniques and made a great contribution to remarkable progress in the field ofstructural biology. Particularly in advance of the last decade, ultrahigh resolution structure analyses ofprotein crystals enabled us to visualize distribution of outer-electron density which implies that newera to understand chemistry of protein reaction from crystal structures will come soon.1.はじめにタンパク質結晶学の歴史は,1950年代後半にKendrew,Perutzの両博士が,それぞれミオグロビン,ヘモグロビンの結晶構造を決定したことに始まる(1962年のノーベル化学賞).タンパク質の立体構造を信頼性高く決定するこの方法の威力は広く認められたものの,その後の手法的な進歩は,1990年代後半まで決して迅速ではなかった.しかしながら,それ以降には,計算機の進歩,放射光技術の汎用化,遺伝子工学技術の普及などによって,大きな発展をみせた.また,近年にはタンパク質結晶学での限界であった分解能と精度についても,X線回折データが本来もっている各原子の電子情報を引き出すことができるようになりつつある.筆者がこの研究分野に携わってからのおよそ40年を,個人的な限られた視点からではあるが,振り返ってみたい.2.1970~80年代のタンパク質結晶学ミオグロビン,ヘモグロビンの結晶構造決定からおよそ20年後,筆者はこの分野の研究を始めることになる.最初に結晶学の手ほどきを受けたのは,大阪大学工学部での卒業研究を行った1974年のことである.現在,タンパク質構造データバンク,PDBには15万を超える生体高分子の立体構造の登録がある(そのうちのほぼ90%がX線結晶解析法による).筆者が研究を始めた当時,結晶構造が決定されていたタンパク質は十数個とごくわずかであった.PDBで1976年に公開された構造の数は13,翌1977年は23であった.表1には1976年にPDBで最初に公開された13個のタンパク質を示す.この分野の人であれば,構造がわかっているタンパク質とその構造の概略を諳んじていたくらいだった.この最初に公開された日本結晶学会誌第61巻第2号(2019)登録には,当時の著名なタンパク質結晶学の研究室からのものが並んでいる.1つのタンパク質を構造解析するには,さまざまな試行錯誤を繰り返さなければならず,計算に必要なプログラムを1つ1つ書き下ろしたりして,一ステップごとに大きな手間がかかった.わが国の場合で言えば,全国7大学に共同利用の大型計算機センターがその頃に設置され,多くの人がそれを共有して使っていた時代であった.例えば,それぞれのプログラムが計算時間節約のため空間群固有のアルゴリズムで書かれていて,新しい空間群に出くわすたびに書き改める必要があった.そのような状況だったので,1つのタンパク質の結晶構造を決めるのに,何年もかかるのはやむを得ないと皆が思っていた.その当時,筆者が所属していたのは結晶学が専門の研究室であったが(大阪大学工学部),タンパク質の経験はなかった.そういう事情もあり,筆者が最初に手がけたタンパク質は化学修飾ヘムで再構成したミオグロビンで,化学合成されたさまざまな修飾ヘム(主にプロトヘムの2位,4位のビニル基を水素やエチル基で置換)がヘムポケット周辺に及ぼす構造変化を決定し,その酸素親和性の変化との関係を探ろうというものであった.1),2)タンパク質結晶学での1つの障壁である位相決定の問題を回避できるということが利点だった.そのようなタンパク質の研究と並行して,有機金属3)-6化合物)や有機化合物7),8)の構造化学に関する研究も1990年代まで継続して行ったが,当時としては結晶学の研究室での普通のやり方であった.これらの構造化学研究では,当時同じ学科に所属していたそれぞれの専門分野の優れた共同研究者に恵まれた.有機金属化合物の研究では,PdやPtのオレフィン錯体が主な対象だったが,当時隣の研究室に所属されていた黒澤英夫博士(現在,大阪大学名誉教授)との共同研究は実り多いもので,筆95