ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No2

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概要

日本結晶学会誌Vol61No2

伊神洋平,武藤俊介,三宅亮図3加熱したケイ線石のAl/Si秩序度定量結果.(Quantification results of Al/Si order parameter inheat-treated sillimanite.)図2未加熱ケイ線石のHARECXSプロファイルと線形結合モデルによるフィッティング結果.7)(HARECXSprofiles of untreated sillimanite and their fittingresults.)破線は秩序度を段階的に変化させた線形結合プロファイル.実線はベストフィット結果Q=0.89(2)によるプロファイル.続取得する方法を取った.各スペクトルから構成元素の特性X線強度を抽出して入射角の関数として表したもの(HARECXSプロファイル)の一例を図2に示す.7)これらのデータは汎用的な装置(JEOL JEM-2100F,JED-2300T)を用いて約1μm径の領域から得られた.得られたプロファイルは元素ごとに異なる強度変調を示しており,各占有サイトの違いを反映していることがわかる.次に,Al/Si秩序度Q(1:完全秩序的,0:完全無秩序的)がプロファイルに及ぼす影響を定量評価するためICSCコード6)による計算シミュレーションを行った.このとき,Qには長距離秩序度の定義を採用し,単位構造における四面体サイトのサイト占有率を変化させることでさまざまなQの状態をモデリングした(ケイ線石構造では,[T Alサイト中のAl占有率]および[T Siサイト中のSi占有率]を表すpによりQ=2p-1となる).計算の結果,中間的なQ値を取る構造で計算したHARECXSプロファイルが,Q=1およびQ=0で計算した2つのプロファイルの線形結合でよく再現されることを確認した.これは原子番号の近いAlとSiの配列秩序の変化がブロッホ波に与える影響が十分小さいためと考えられ,ケイ線石の秩序度分析においては線形回帰で信頼性十分な結果が得られることを意味する.実際に本測定プロファイルについても線形結合モデルにて良いフィッティング結果が得られ,Al/Si秩序度はその時のフィッティングパラメータとして決定された(図2実線).以上の解析をさまざまな温度で加熱したケイ線石に適用した結果を図3に示す.7)加熱試料中にはムライトやガラスの析出などさまざまなTEMスケールの組織発達が見られたが,それらを排除して分析することができている.決定したAl/Si秩序度は加熱温度の上昇に伴う連続的低下を明確に示しており,ブラッグ-ウィリアムズモデルによって良いフィッティング結果が得られた(図3実線).このフィッティングから得られる秩序化エネルギーをサイト間結合当たりの値に換算するとほかのアルミノケイ酸塩の実験値などと比べ数倍程度小さな値となるが,ケイ線石における各サイト間結合の非等価性を考慮した修正モデルを適用すれば,妥当なエネルギー値で同じ曲線が説明される.11)この解析結果からは約1,730℃で無秩序相への相転移が予想されるが,このような高温では部分溶融を伴うムライト化が直ちに進むことがわかっており,10)無秩序相は(少なくとも<1 GPaの圧力下では)安定領域をもたず,準安定相としての観測も難しいだろう.また図3はAl/Si秩序度からケイ線石の到達温度を推定するという地球惑星科学的な応用の可能性も有し,実際に本研究の出発物質について秩序度から到達温度を推定すれば>~1,000℃となり,これは産出地である東南極ルンドボークスヘッタ地域の推定最高変成温度12)と整合的である.7)以上,ケイ線石の高温でのAl/Si秩序度低下の初の実証例について述べたが,そのAl/Si分布に関する問題解決にはTEMによる領域選択やEDSによるAl/Si識別などのHARECXSの利点が大変重要な役割を果たした.このような電子チャネリングを活用したサイト選択的分析としてはそのほかにも,EDS以外の分光信号(電子エネルギー損失分光,カソードルミネッセンスなど)の活用やそれらの同時取得・統計解析による研究などが進展している.13),14)さらに,電子線傾斜ピボット点の位置ずれ補正による分析領域のさらなる局所化,粒界・欠陥構造への適用といった実践的展開もなされており,3)地球惑星科学をはじめとする幅広い分野への今後の応用が期待される.文献1)S. Muto and M. Ohtsuka: Prog. Cryst. Growth Ch. 63, 40(2017).2)松村晶,島田幹夫:日本結晶学会誌47, 55(2005).3)大塚真弘,武藤俊介:まてりあ58, 73(2019).4)J. C. H. Spence and J. Tafto: J. Microsc. 130, 147(1983).5)S. Matsumura, et al.: MRS Meeting Proc. 589, 129(1999).6)M. P. Oxley and L. J. Allen: J. Appl. Crystallogr. 36, 940(2003).7)Y. Igami, et al.: Am. Mineral. 103, 944(2018).8)K. Momma and F. Izumi: J. Appl. Crystallogr. 44, 1272(2011).9)H. J. Greenwood: Geol. Soc. Am. Mem. 132, 553(1972).10)Y. Igami, et al.: J. Am. Ceram. Soc. 100, 4928(2017).11)M. T. Dove, et al.: Am. Mineral. 81, 349(1996).12)T. Kawasaki, et al.: Gondwana Res. 19, 430(2011).13)K. Tatsumi, et al.: Microsc. Microanal. 19, 1586(2013).14)Y. Yamamoto, et al.: Microscopy 65, 253(2016).76日本結晶学会誌第61巻第2号(2019)