ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No1
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日本結晶学会誌Vol61No1
クリスタリットエネルギーが異なる電子のこと.エネルギー損失する場合は,原子内電子励起やフォノン励起が原因となり非弾性散乱電子が生じる.またフォノンや金属微粒子の表面に発生した近接場との相互作用により入射電子がエネルギーを得る場合もあり,この場合も非弾性散乱電子と呼ぶ.非弾性散乱電子を分光することで試料の各種物理情報を抽出することができる.(京都大学化学研究所治田充貴)非弾性散乱の非局在性Delocalization of Inelastic ScatteringTEM-EELS透過型電子顕微鏡法(Transmission electron microscopy;TEM)と電子エネルギー損失分光法(Electron energy-lossspectroscopy;EELS)を組み合わせた分析手法.EELSは,TEMで用いる高エネルギー電子(100 keV程度以上)が試料を通過する際に生じる非弾性散乱電子を分光し,試料の誘電的性質や電子励起の情報を得る手法.価電子励起スペクトル(50 eV程度以下)には,物質の誘電的情報が含まれ,Kramers-Kronig解析により誘電関数を導出することができる.内殻電子励起スペクトル(50 eV程度以上)は,X線吸収分光と同じ情報を与える.EELSでは非弾性散乱電子の検出効率が高いため,小さな電流量(nA程度以下)でかつナノサイズの電子ビームでも実験が可能であり,TEMでの原子分解能観察とEELSを組み合わせたナノスケール領域の材料分析技術が普及している.(東北大学多元物質科学研究所寺内正己)SXES軟X線発光分光(Soft X-ray emission spectroscopy;SXES).高エネルギーの電磁波や荷電粒子を物質に照射して構成原子の内殻電子を励起した場合,緩和過程として,励起した電子の空席(内殻ホール)へより高エネルギー準位にある電子が遷移する.この際,2つのエネルギー準位の差が電磁波として放出される.軟X線領域(0.5~8 keV)のX線は,固体内の化学結合の情報を含む場合が多い.現在汎用化されている電子顕微鏡用SXES装置は,電子線を照射した領域から発生するX線の内,50 eV程度の極端紫外線(Extrema ultraviolet;EUV)から1 keV程度の低エネルギー軟X線を分光できるように設計されている.(東北大学多元物質科学研究所寺内正己)非弾性散乱電子Inelastic Scattering Electron入射電子が原子内電子とクーロン相互作用により非弾性散乱を起こす際,クーロン力の長距離性に起因して非弾性散乱確率の実空間分布に広がりが生じることを非弾性散乱の非局在性と呼ぶ.一般的に損失エネルギーが高い非弾性散乱ほど局在化しており,損失エネルギーが低いほど非局在化している.これは励起に高エネルギーが必要な内殻電子による非弾性散乱は局在化しており,励起エネルギーの低い価電子による散乱は非局在化していることに対応し,励起される元素や電子殻の種類によって非局在化の程度が異なる.また非局在性は入射電子のエネルギーにも依存し,高エネルギーの入射電子による非弾性散乱は非局在性が大きい.電子顕微鏡で電子エネルギー損失スペクトルを局所領域から測定する際に,分析の空間分解能を制限する因子の1つとなる.(京都大学化学研究所治田充貴)DiracコーンDirac Coneグラフェンの電子エネルギーバンド構造を,その形状からDiracコーンと呼ぶ.具体的には,フェルミエネルギー付近でエネルギーEは波数kに対して線形な関係をもつ.kx-ky面に対してエネルギーを図示すると,2つの円錐が互いに逆向きに頂点を接した形となる.一方,相対論的量子力学でのDirac方程式において,エネ2 2 2 4ルギーEはE=±c p + mcと表される(光速c,運動量p,質量m).この式において,質量mをゼロとするとE=±cp=±c?k(Dirac定数?)となり,エネルギーは波数kに対して線形となる.これらの関係から,グラフェン中の電子は質量ゼロのDirac粒子と等価であると言われ,グラフェンの円錐状のバンドはDiracコーンと呼ばれる.実際,高品質なグラフェンの角度分解光電子分光(ARPES)測定によって,Diracコーンを実験的に観察することができる.(名古屋大学大学院工学研究科乗松航)入射電子が試料と相互作用する際に,散乱の前後で日本結晶学会誌第61巻第1号(2019)63