ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No1

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概要

日本結晶学会誌Vol61No1

水和したままのタンパク質や細胞を観る-クライオ電子顕微鏡法の発展-2.2.2電子線の点光源性電子線の点光源性とは光源の大きさに対応するものである.昨今の電子顕微鏡では,電界放出型電子銃が使われており,その輝度と光源の縮小が可能となった.さらに,照射系レンズにより電子銃の像を縮小することにより,現在では,光源の多きさは,ナノメータを切る大きさとなった.これは試料の一点から見える光源の大きさ(照射半角:光源の角度の半分)でも表現され,~0.02 mrad程度である.従来のLaB 6を利用した電子銃などの場合,0.5~0.15 mrad程度であったことから考えれば,1桁良い.結晶などの材料系で写真撮影する場合では,シェルツァーフォーカスなどのフォーカスに近い状況で高角の情報のみを使って撮影する.それに対して,クライオ電子顕微鏡では,デフォーカスをかけ,低角のコントラストを生み出す.このとき,点光源性が低いと呆けを生じやすく,高分解能の構造情報が得られない.2000年代に入ってからの三次元像の像質の改善は,この電界放出型電子銃の効果が大きい.2.2.3電子線のエネルギー拡がり電界放出型銃を用いる場合,LaB 6やWの電子銃のように熱電子を使って,仕事関数を超えた電子線を引き出すのと異なり,通常使う場合よりも温度が低い電子銃から電子線が発せられる.対物レンズの色収差により,エネルギーの拡がりも呆けに繋がる.現在も色収差補正の開発などが継続的に進んでいる.これはまた,非弾性散乱粒子による呆けも補正できることから,さらにコントラストと像質の改善に繋がると考えられる.2.2.4最小電子線量撮影法と自動化クライオ電子顕微鏡法では,最小限の電子線照射で撮影するための方法として,最小電子線量撮影法(Minimum Dose System)を用いる.これは,視野の探索は低倍で行うことで,試料の単位面積当たりの電子線照射量(100 e/nm 2未満)を少なくし,フォーカスは撮影位置と隣接するが異なる場所で行い,撮影したい場所で撮影する方法である.電子線はX線よりも10 4倍以上相互作用が強く,そのために直接像を観察することができる.しかし,一方で,電子線照射によるダメージも大きく,1,000 e/nm 2程度以下の電子線で撮影しなければ,高分解能の構造を得ることは困難である.大量の電子線の照射は,タンパク質試料を破壊し,温度上昇による非晶質氷の融解,結晶化を生み出す.場合によっては,試料の水素原子の結合が外れ,水素分子となり,水素ガスとしてバブリングする場合もある.下述するカメラが,動画型になったことにより,試料破壊のない,照射直後のデータを選択して利用することができるようになった.単粒子解析法では,図1に示したように,試料は0.6~2μm程度の孔に薄い水層を張り,急速凍結したものを日本結晶学会誌第61巻第1号(2019)撮影する.凍結試料の電子線損傷が大きく,低電子線量でしか撮影できないことは,1つ1つのタンパク質画像のSN比が悪いことを意味している.実際に,高分解能の構造を得るには,低倍で対象となるタンパク質を直接観察することはほぼ不可能であるので,薄い氷が張っている孔を探して,撮影することを繰り返す.そのため,非常に多くのタンパク質電子顕微鏡写真の撮影が必要となる.実際,原子分解能の構造を得るには,数千枚の電子顕微鏡写真から,数十万~数百万のタンパク質粒子を抽出処理する必要がある.以前はこれを人手で行ってきたため,多くを撮影することは何カ月にもわたる撮影時間が必要であった.現在では,電子顕微鏡の自動化が進み,安定して1日1,000枚を超える撮影が可能となっている.そのためこの電子顕微鏡画像のハイスループット化は,今回の大きな役割を果たしている.2.2.5カメラクライオ電子顕微鏡による三次元像の呆けを一気に解消することができたのは,新型CMOSカメラの開発である.そのポイントは,空間分解能が高くナイキスト周波数を超えた情報をもつに至ったこと,電子線の直接カウンティングが可能なほどの高感度となったこと,動画が可能になったことの三点にある.このためは,1フレームごとの電子線量は劇的に減らす必要があった.このことは,さらに,電子線の点光源性を上げることに繋がっている.2.2.6位相板上述したように,位相板の開発は,コントラストを生み出すためには,デフォーカスをかけるしかなかった状況を大きく変化させ,特に,分子量の小さいタンパク質の構造解析への道を拓いた.コントラストの定義が変わった18ことは,Henderson予想)の限界(100 kDa)を超え,ヘモグロビン37)の構造が3.2 Aで解かれるに至っている.2.3電子顕微鏡法による三次元再構成の原理上述したように,透過型電子顕微鏡による画像,特に,無染色である凍結試料を観察するクライオ電子顕微鏡法の画像は,生体分子を作る原子の,電子に遮蔽された原子核の正電荷の静電ポテンシャルの投影像である.その基礎にある理論は,中央断面定理である.実空間での二次元投影像は,その三次元構造のフーリエ変換の原点を通る断面になるということを示す(図4).したがって,さまざまな向きの粒子の投影像が手に入れば,そのフーリエ変換(2D)を三次元フーリエ空間に埋め込んでいけば,三次元フーリエ空間をすべて埋めていくことができる.X線結晶解析法が,フーリエ空間の強度は手に入るものの,位相を手に入れるために,重原子置換や分子置換法,そして,分子モデルのフーリエ変換の自己無矛盾性を使うのと異なり,直接位相を手に入れる点で有利である.フーリエ空間(3D)の情報をすべて得ることができれ47