ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No1
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日本結晶学会誌Vol61No1
安永卓生合体はエネルギー安定な構造で固定化される.ここに急速凍結法の妙がある.すなわち,タンパク質は完全に自由な熱揺らぎにあるのではなく,局所安定な構造に拘束されているのである.このことは構造の高分解能化が可能である背景でもある.細胞や組織の急速凍結法における構造解析においては,タンパク質やリガンドの拡散はほぼ抑えられているように見える.しかし,実際,その25℃における拡散速度は,ショ糖5,ヘモグロビン0.7[10-10 m 2 s-1]であるので,1μ秒では,それぞれ20 nm,8 nm程度の拡散をする状況にある.分子拡散は,拡散係数が温度に比例することが示唆されているので,実際にはこれほどには拡散しないが,タンパク質の大きさ程度にはその代謝物やタンパク質が拡散している可能性は頭においておくべきであろう.実際のところ,タンパク質であるミオシンなどで回転緩和などの時間とも近い.31)このことは,安定な構造へと移行している可能性もある.加えて,非晶質の氷に包埋された金のナノ粒子を連続して写真を撮影していると,電子線により誘起され,温度上昇や金コロイド周辺の構造変化により,ナノメータオーダーで動くことが観察されている.このことは,氷が結晶性をもたず,ガラス状であることを示すことでもあるが,一方で,固定されておらず,電子線に誘起される形で移動が可能となることを示している.2.2クライオ電子顕微鏡法が示す像の意味クライオ電子顕微鏡法で主に用いる透過型電子顕微鏡が示す像は,言葉どおり,透過像である.その透過像のもつシグナルの意味を考えてみよう.32,33)電子線が物質と相互作用する際には,粒子性と波動性の二面性をもつ.粒子性の立場に立てば,電子は原子核のもつ正電荷が電子によって遮蔽される静電ポテンシャルにより散乱し,透過すると考えればよい.その際,クライオ電子顕微鏡法で一般に利用される薄い試料(数十ナノメートル以下)であれば,その多くは一度弾性散乱する.試料に吸収されたり,原子と相互作用の結果,エネルギーを失い,非弾性散乱したりするものは少ないが,0ではない.前者は吸収コントラストというコントラストを生むが,試料を帯電させたり,破壊したりする.後者は,試料の温度を上昇したり,氷を融解したりする場合もある.いずれも厚い試料(数十ナノメートル以上)になるほど,多重散乱により,これらの影響が現れてくる.一方で,波動性の立場に立てば,弾性散乱した場合でも,その波は静電ポテンシャルに従い,正電荷では位相遅れを生じる.通常,この位相遅れをコントラストとするために,電子顕微鏡ではフォーカスを外して写真を撮影する.そのためフォーカスを外さずとも位相ズレでコ34ントラストを生み出すための位相板)の開発が進めら35れたが,最近では,ボルタ位相板などが開発)により実用化の目処が立ち,光学顕微鏡と同様の位相差顕微鏡として撮影することも可能となり,高いコントラストを活かした構造解析が進められている.36-38)ここで,X線が電子雲と相互作用するのに対して,電子線は静電ポテンシャルと相互作用することは注目しておくべきである.電子線の散乱に関する構造因子は,中性原子や陽イオンなどの正に荷電した原子ではすべての空間周波数で同様の振る舞いをするが,陰イオンなどの負に荷電した原子では,高角(空間周波数がnm以上)では原子核の影響が大きく上述の原子と同じ振る舞いをするが,低角では,構造因子の正負が反転する.39,40)散乱した電子は,電子顕微鏡の対物レンズにより,拡大され結像し,さらに,中間レンズや投影レンズを使って,カメラなどに像を結ぶ.この点では光学顕微鏡と大きな違いはない.200 kVの電子線の波長は2.5 pm程度であるが,試料で散乱した電子が対物レンズに入る角度(開口数)は小さく10 mrad程度までである.そのために,通常の200 kVの電子顕微鏡では,電子顕微鏡の分解のは100 pmより悪い.しかし,その代わりに,パンフォーカスの状態となり,100 nm以下の試料では,デフォーカス量(~1,000 nm)において,ほとんど同じようなコントラストをもつことになり,投影像として考えることができる.もちろん,そのコントラストは厚み方向で異なるため,現在では,その厚み方向の呆け補正を行うことでさらに分解能を上げることが目指されている.41,42)ここでは,クライオ電子顕微鏡において,像質(分解能)を決める要素,特に,クライオ電子顕微鏡法で問題になってきた点をいくつか列挙しておこう.2.2.1ステージクライオ電子顕微鏡法では,試料を凍結し,非晶質状態を保ったまま(一度も-135℃よりも上昇させないことが必要)で観察する.したがって,液体窒素温度もしくは液体ヘリウムで冷却したステージでの撮影を行う.そのため,安定した低温ステージが必要である.2000年前後から,タンパク質の構造が解けるようになったのは,この安定したステージの開発の賜物である.43)一方,凍結試料の状態を確認するため,できるだけ容易に試料交換が必要であった.以前のサイドエントリータイプのホルダーを用いた電子顕微鏡では,ホルダーの焼き出しなどのため試料交換に1時間程度かかっていたが,昨今の電子顕微鏡では,10試料を超える試料を電子顕微鏡の筐体内に持ち込み,何度も交換できるようになった.クライオ電子顕微鏡の試料では,薄い氷の作製が不可欠であるが,まだまだその成功率は低い.したがって,複数枚のグリッドを一度に挿入でき,かつ,適切なグリッド(試料が載った金属)を選択することができる電子顕微鏡の開発により,試料のスクリーニングと良い試料の選択効率が劇的に上がった.46日本結晶学会誌第61巻第1号(2019)