ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No1

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概要

日本結晶学会誌Vol61No1

水和したままのタンパク質や細胞を観る-クライオ電子顕微鏡法の発展-図3100000100001000100101EMNMRX-ray1976197819801982198419861988199019921994199619982000200220042006200820102012201420162018電子顕微鏡構造解析の拡がり.(Spreading of structuralanalysis by electron microscopy.)PDB(protein databank)に1年間で登録された構造の数を示す.横軸は登録年,縦軸は登録数の常用対数を示している.く,暫く停滞していた.この停滞の理由は,従来より,電子線との相互作用が強く,タンパク質1分子を観察できることの引き替えに,電子線損傷の影響が大きいために低電子線量での撮影が必須でありS/N比が低いこと,液体の性質をもつ非晶質氷に包埋されているので電子線に誘起される試料移動が起こりやすいこと,低温ステージの安定性の問題あることなどが想定され,構造の高分解能化へ1つ1つその問題を解決しながら進んでいくが,遅々としたものであった.その中でも,1995年にHenderson博士によって示された単粒子解析法による原子分解能での構造解析18の可能性)は,数学分野のリーマン予想がごとく,クライオEMのHenderson予想として灯台であり続け,われわれ当該分野の研究者を勇気づけ続けた.2013年以降,高速動画撮影と電子線カウンティングが可能なカメラの開発とそれを用いたドリフト補正,19)電子顕微鏡装置の自動撮影技術の改良,構造分類を併用20した三次元再構成法の提案)などにより,タンパク質やその複合体の近原子分解能での構造解析が可能となってきた.21,22)図2に示すように,2018年には,その登録数は1,000に迫る数となり,X線結晶解析の1990年前後に匹敵する伸び率であることから,1,000を超えることは間違いない.ここに至り,クライオEMは,構造生物学において日陰者的取り扱いを受けていた状況から,一気に「ハレ」舞台へ躍り出た.これらのことから,2017年ノーベル化学賞「溶液中で生体分子を高分解能構造測定するためのクライオ電子顕微鏡の開発」が,3名の先駆者(Henderson博士,Dubochet博士,Frank博士)に対して与えられた.日本結晶学会誌第61巻第1号(2019)一方,後者である電子線トモグラフィー法は,同一視野の連続傾斜像を撮影することにより,その視野の三次元像を再構成する方法であり,細胞自身や組織の急速凍結試料のクライオEMを用いた連続傾斜像撮影も可能となってきた.その中で,Baumeister博士らの細胞内の細胞骨格の三次元構造の可視化は1つのマイルストンであった.23)コンピュータ資源が高速化され,かつ,大規模化され,画像処理アルゴリズムが各種試される中で,再構成された三次元像の中から同一のタンパク質複合体を抽出し,平均化することを通して,その構造の精密さを上げられてきた.24)われわれもまた,細胞の糸状仮足内に見られるアクチン繊維の束化の様子および束化因子であるファシンの結合様式を提案している.25)ウィルスのような構造であれば,近原子分解能の構造をえることにも成功している.26-28)さて,ここに至り,クライオEM技術が示す次のステップはどこになるのであろうか.本稿では,現状のクライオEMを支える技術を総括し,その利活用の先,そして,将来性について論じたい.ここでは,医学・生物の分野の方々にはもちろんのこと,溶液内での触媒,材料開発などの現場で活躍されている方々,また,電子線損傷に弱い試料を対象としている方々,電子顕微鏡法の今後の進むべき道を模索されている機器・ソフトウェア開発の現場で活躍される方々にとっても興味をもってもらい,ともに,クライオEMの可能性を追求,また,支援してもらいたい.2.クライオ電子顕微鏡2.1急速凍結試料クライオ電子顕微鏡法では,水和した状態にある試料を,液体エタンやプロパンとの混合液に浸漬させることにより,10 5 K/秒よりも高速に凍結し,マイクロ秒程度の時間で温度を低下させ凍結させる.水は,氷の結晶を作る間もなく,その動きを停止し,非晶質の氷に包埋された凍結試料を作製する.実際,液体窒素温度に置き続ければ,実質的に非晶質であり続けられるが,約-120℃よりも高い温度になると,真空中でゆっくりと立方晶の氷を作ることが示されている.6,29)また,液体エタンなどの液浸法により,この非晶質の氷ができる範囲が限られている(10~20μm程度)ことにも注意が必要である.組織などを凍結するには高圧凍結法などが用いられ,100μmを超える厚さまで凍結できることが報告されている.30)ところで,この急速凍結という手法は,必ずしも「ある瞬間」の構造を固定することに対応しない点に留意しておくのがよいだろう.この凍結の時間スケールは酵素反応などによる構造変換には十分短く,水も結晶化しないが,水分子やタンパク質自身の局所エネルギー最小化には十分な時間である.このためにタンパク質やその複45