ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No1
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日本結晶学会誌Vol61No1
日本結晶学会誌61,43-50(2019)特集電子線で何が観測できるか水和したままのタンパク質や細胞を観る-クライオ電子顕微鏡法の発展-九州工業大学大学院情報工学研究院生命情報工学研究系安永卓生Takuo YASUNAGA: Observation of Hydrated Proteins and Cells by Electron Cryo-MicroscopyThe electron cryo-microscopy is one of the most powerful techniques to elucidate biologicalmolecular structure under nearly physiological condition. By single particle analysis, many threedimensionalstructures of proteins and their complexes have been resolved at atomic resolutions.Furthermore, in situ molecular behaviours in cells and tissues have also been reported at nano-meter orsub-nanometer resolutions by electron tomography. I would here review current situations of electroncryo-microscopy and the principles of their analysis and so show its possibility.1.はじめに生命とは,遺伝子の本体であるDNAの塩基配列という情報に裏付けされ,制御された化学反応と物理現象の集合体である.リン脂質により構成された細胞膜によって区切られた空間の中は,分子クラウドと呼ばれるほど,30%程度を超える高い密度の基質で満たされている.これらは,タンパク質,核酸,糖などの高分子と代謝産物である低分子であり,水和した状態,もしくは,細胞膜と相互作用した状態で働いている.その機能発現は,ナノメートルレベルの大きさのタンパク質およびその複合体,そしてサブマイクロメータ構造である細胞内小器官の構造,および,アーキテクチャによって支えられている.したがって,生命の働く現場を覗き込み,生命活動を支えるアーキテクチャを解き明かすことはライフサイエンスの基盤研究のアプローチの1つである.1-3)電子顕微鏡法の発明以来,生物学に重大な知見を与えた事例は多い.2016年ノーベル医学生理学賞である大隅博士の「オートファジーの仕組みの解明」の研究も,また,固定した細胞の切片を観察した電子顕微鏡画像が,オートファジーの現象に繋がる構造を示した.4)一方で,タンパク質は,水溶液中,もしくは,細胞膜内で機能を果たすことから,従来の電子顕微鏡法では,電子顕微鏡試料作製に必要な化学固定,染色,乾燥などの手法が観察対象である生物の構造に影響を与えている可能性を常に意識し,適切な試料作製法を探索する必要があった.その結果として,数多くの生物学的発展に繋がっていることは確かであったが,「スルメを見て,生きたイカがわかるか」といった問題意識を常に抱き続ける必要があった.この問題意識の中で誕生したのが,「クライオ電子顕日本結晶学会誌第61巻第1号(2019)微鏡法(クライオEM)」である.この観察法では,まず,水溶液中のタンパク質やその複合体などを水和した状態のままで急速凍結・固定し,非晶質の氷に試料を包埋する.この凍結試料を,低温ステージでそのまま透過型電子顕微鏡で観察することで,その投影像を撮影する.ここに至り,ようやく「凍ったイカを見て,生きたイカがわかるか」と言える段階に達した.この水溶液中の構造解析ができるクライオEMの芽生えは1980年頃に遡る.Dubochet博士らは溶液内のウィルスやDNAなど生体分子のクライオEM技術の可能性を報告した.5,6)最近では,この技術はさらに発展し,膜タンパク質のような細胞膜に存在するタンパク質もまた,界面活性剤,7)ナノディスクと呼ばれる小さい脂質二重膜,8)あるいは,リポソーム9の脂質)に包埋された,より生理的な条件下で観察できるようになってきた.10)これに並行するかたちで,コンピュータ自身の高速化と画像処理技術の発展を全面的に受け入れ,電子顕微鏡の二次元投影画像からタンパク質や細胞などの三次元像を再構成する手法が確立してきた.その主なものに11,12)Frank博士らが先駆的な仕事をしてきた単粒子解析法(図1)と,電子線トモグラフィー法13-15()図2)がある.前者は,構造が同じ粒子がさまざまな向きで投影されていることを利用して,三次元像を再構成する方法である.電子線結晶解析でしか高分解能が得られなかった状況から,単粒子解析法などにより解析が進み始め,2000年代に入って,電子顕微鏡のカメラの開発,デジタル化,プログラムの開発などが進み,年間10件を超える登録数となった(図3).われわれもまた,アクチン繊維の構造16解析)を報告するなど電子顕微鏡による構造生物学が芽生え始めた時期となったが,その分解能はまだまだ低43