ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No1
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日本結晶学会誌Vol61No1
乗松航較的簡単に実験を行うことができるため,多くの研究者がグラフェン成長と高品質化に取り組んでいる.9)現在では,センチメートル単位のグラフェンを形成することができるようになっている.銅箔上に作製したグラフェンを六方晶窒化ホウ素上に転写し,低温で350,000 cm 2 /Vsもの移動度をもつデバイスを作製し,なおかつその銅箔を何度もグラフェン成長に再利用できるとの報告もある.10)ただし,CVD法では金属基板上にグラフェンが形成されることから,絶縁性基板上への転写の際の欠陥導入が非常に大きな問題である.一方,グラファイトを化学的に酸化して液中で剥離し,後に還元する還元型酸化グラフェン(reduced graphene oxide,rGO)と呼ばれる手法もある.11)グラフェンとしての品質はほかの手法に劣るものの,きわめて安価に大量のrGO試料を得られることからさまざまな応用が期待されている.これらの手法に対して,炭化ケイ素(SiC)の熱分解によるエピタキシャルグラフェン成長もまた注目されてきた.図2に,SiC上グラフェンの高分解能透過型電子顕微鏡(HRTEM)像を示す.12),13)この手法では,図2bのようにSiCを主に大気圧アルゴン雰囲気中で加熱することで,表面からシリコンのみを除去し,残存した炭素によって自発的にグラフェンが形成される.最大の利点は,半絶縁性のSiC基板を用いることで,絶縁性基板上全面にウェハスケールの単一方位グラフェンを成長できることである.近年のSiCパワーデバイス技術の進展図2SiC上エピ・グラフェンのHRTEM像.(HRTEM imagesof epi-graphene on SiC.)(a)SiC(0001)上グラフェンのTEM像および構造モデル.12)(b)SiC熱分解によるグラフェン形成の模式図.(c)SiC(0001)テラスおよび(112 _ n)ファセット上でのグラフェンのEELSスペクトル.13)編集部注:カラーの図は電子版を参照下さい.に伴うSiCウェハの高品質化の効果もあり,シリコンテクノロジーの延長上にあるエレクトロニクス応用には最も適していると言える.一般に,“エピタキシャルグラフェン”とは,基板からエピタキシャル成長するグラフェンを意味するため,SiC熱分解グラフェンだけではなく,一部のCVDグラフェンも含んでいる.そこで現在では,“エピ・グラフェン(epi-graphene)”が,SiC熱分解グラフェンを意味する言葉として用いられている.14)SiCを分解するとグラファイトが形成されるという現象は,1896年のE. D. Achesonによる特許に記されている.15)ただし,実際にX線回折によってSiC熱分解グラファイトの特徴が明らかにされたのは,1962年のBadamiの報告が初めてである.16)その後,1975年にはvanBommelらの低エネルギー電子回折(LEED)を用いた実験によって,SiC基板に対して明確な方位関係をもってグラファイトがエピタキシャル成長することが明らかにされている.17)これが,電子線を用いたSiC上グラファイトの最初の研究報告である.1998年にはI. ForbeauxらによってSiCの清浄表面からグラフェン(graphite monolayer)が形成されるまでの表面再構成過程が,同じくLEED測定によって明らかにされた.18)2000年にはKusunokiらによって,SiC上グラフェン(very thin layer of graphite)がHRTEMにより観察されている.19)このような経緯の中で,2004年にNovoselovらにより機械的剥離グラフェンの報告がなされたのであるが,同じ2004年にde Heerらもまた,SiC上グラフェン(ultrathin epitaxial graphite)の二次元電子ガス特性を報告している.20)特筆すべきは,deHeerらによるSiC上グラフェンに関する特許が,2003年には出願されていることである.21)上述したように,SiC上グラフェンの最大の利点は,絶縁性基板上全面に単一方位グラフェンを成長可能であることである.したがって,成長したグラフェンを用いて,既存のシリコン半導体プロセスにより電子デバイスを作製することができる.一般に二次元電子系として最も洗練された物理現象は,量子ホール効果である.量子ホール効果とは,二次元電子系に強い磁場を印加した際にエネルギー準位が量子化され,ホール抵抗が磁場に対して平坦(プラトー)になる現象である.実際,SiC上グラフェンでも量子ホール効果が観測されている.22)SiC上グラフェンにおける量子ホール効果の顕著な特徴は,量子ホールプラトーが極端に広いことである.23)これは,界面を介した電荷移動によると理解されており,SiC上グラフェンに特有の現象である.グラフェンのみならずGaAsなどのよく知られた量子ホール系と比較しても圧倒的に広いプラトーをもつことから,最も効果的な量子抵抗標準となりうる.すなわち,電気抵抗の単位であるΩを定義するための基準実験に用いられる.実際,テーブルトップ型の無冷媒量子抵抗標準装置が開発されて36日本結晶学会誌第61巻第1号(2019)