ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No1

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概要

日本結晶学会誌Vol61No1

電子励起効果によるアモルファス物質の低温結晶化おり,格子定数が大きいことがわかる.これは原子半径の大きなSn原子がGe結晶格子中に取り込まれていることを示唆している.ダイヤモンド型構造を有するGe(a=0.5658 nm)およびα-Sn(0.6493 nm)の格子定数を用いて,ベガード則によりSn濃度を見積もったところ,図2aでは14.7,図2bでは29.7 at.%Snとなった.なお,図2bにおいては111リングの外側にハローリングが出現している.このハローリングの位置はβ-Snの反射が出現する位置と一致しており,Snがナノ結晶あるいはアモルファスとして析出していることが示唆される.すなわち,Sn濃度が高くなると結晶化と同時に相分離が起こっている.図3は,Sn濃度と結晶化に必要な照射速度(フラックス)の関係で,加速電圧75 kVおよび125 kVで電子線を照射した.フラックスを徐々に上げ,ハローリングがデバイシェラーリングに変化した時を結晶化に必要な臨界フラックスとした.Sn濃度の増加に伴い,結晶化に必要な照射量は小さくなることがわかる.また,加速電圧が小さいほうが結晶化の臨界フラックスが小さいことが明らかとなった.照射環境下における材料の損傷過程は,「はじき出し効果」と「電子励起効果」によるものに大別される.前者はターゲット原子が弾性的に変位されるのに対し,後者はエネルギー粒子が非弾性散乱によりターゲットの電子系を励起して損傷が形成される.電子線照射の場合,加速電圧が大きい場合にははじき出し効果,低い場合には電子励起効果が顕著になる.アモルファスGeSnの結晶化に必要なフラックスは75 kVのほうが125kVよりも小さいことから,電子励起効果により結晶化が誘起されたと考えられる.さらなる確認のため,電子によるはじき出しエネルギーを計算した.質量Mのターゲット原子が,加速電圧Eの電図3異なるSn濃度を有するアモルファスGeSnの結晶化に必要な照射速度(フラックス).(Critical fluxfor recrystallization of amorphous GeSn with differentSn concentrations.)加速電圧は75 kV(丸)および125kV(四角).Sn濃度が大きくなると結晶化に必要なフラックスは小さくなる.(Copyright(2017)The Japan Society of Applied Physics)日本結晶学会誌第61巻第1号(2019)子から受け取る最大エネルギーT mはTm=2E(E+2m 0c 2)/Mc 2である.ここで,m0は電子の静止質量,cは光速である.75 kVで電子線が照射されたとき,Geは2.4 eV,Snは1.5 eVのエネルギーを受ける.アモルファスGeを電子線により結晶化するのに必要な変位エネルギーは7.2 eV(E=200 kV)であることが報告されているが,23)われわれの照射条件での変位エネルギーはこれよりも小さい.すなわち,今回見出された結晶化は,はじきだし効果により誘起されたものでないと結論できる.電子線照射時の温度上昇Tは,T=W0[1+2ln(R/r 0)]/4πl 0k(W0=εVρ0πr 02)で見積もることができる.24)-26)ここで,W0はエネルギーの全吸収能,Rは試料を載せているグリッド孔の大きさ(6.4×10-5m),r0は照射領域の直径(2.5×10-7m),l0は試料厚さ(4.0×10-8m),kは熱伝導度(5.1×10-1 Wm-1 K-1 27)),εは吸収されるエネルギーの割合(通常,0.01),Vは加速電圧,ρ0は電流強度である.本研究の照射条件では,加速電圧75 kV,電流密度8.8×10 2 A/m 2の場合,温度上昇は10℃以下である.すなわち,電子励起効果により高濃度のSnを含むGeSn結晶が室温程度で実現されている.なお,得られたGeSnの粒径は10 nm以下であり,GeSnの性能を引き出せていない可能性がある.一方,粒径20~30 nmの多結晶Ge 0.98Sn 0.02膜が高いキャリア移動度を示すことが報告されている.28)今後,照射条件などを最適化することにより,粒径を大きくする必要がある.3.電子線照射下におけるアモルファスAl 2 O 3の結晶化過程酸化物ポーラス材料は,触媒や分離膜としての応用が見込まれており,多くの研究がなされている.これらの酸化物ポーラス材料は,陽極酸化などの化学的処理のようにトップダウン的な方法により作製されている.一方,われわれは酸化物におけるアモルファスと結晶間の密度差を利用して,ボトムアップのアプローチからポーラス材料を作製している.29-33)この方法では,アモルファスに含まれる自由体積が集合することにより,自発的ナノポーラス化が生じる.実際,アモルファスAl 2O 3に対して700℃で1時間の熱処理を施すことによりアモルファス母相中にボイドが形成され,さらに高温で熱処理を施すと,アモルファスはγ相に結晶化し,それに伴いボイドのサイズが大きくなる.29)同様なナノポーラス化および結晶化は電子線照射によっても誘発される.33)ここでは,アモルファスAl 2O 3の電子線照射誘起構造変化について述べる.図4は,スパッタリングにより作製したアモルファスAl 2O 3に200 kVの電子線を照射したときの構造変化を示したものである.スパッタリング試料の制限視野電子回折図形はハローパターンを呈しており,薄膜はアモル31