ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No1

ページ
33/80

このページは 日本結晶学会誌Vol61No1 の電子ブックに掲載されている33ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol61No1

超高速時間分解電子線回折法のアモルファス状態の水への応用光子吸収(6.2~9.3 eV)が生じていると考えると,光励起プロセスが支配的であると考えられる.近紫外光の2光子および3光子吸収過程によって,水分子中の酸素から水素への電荷移動が生じる.H 2O+hν→H 2O *→OH *+H *H *+H 2O→H 3O++e-この電解移動に伴いH+イオンはH原子ラジカルとなる.H原子ラジカルとOH分子ラジカルとの間に電子雲に重なりができ互いに反発し結合解離が生じる.48)-50)このように,水分子の無秩序化は,多光子吸収による光誘起および結合解離によって引き起こされることがわかる.さらに,水分子は光励起のプロセスの中でもイオン化が生じる.分子間距離4.4 Aというのは,あらゆる種類の水構造体中に存在し,これは水の四面体構造における第2近接の分子である.51),52)酸素原子と水素原子の共有結合距離が1.0 Aであり,水素結合が1.8 Aであるため,第1近接の分子間距離は2.8 Aということとなり,これはQ値0.35~0.50 A-1(中心値は0.42 A-1)のピークに相当する.われわれが観測した構造ダイナミクスは,近紫外光の多光子吸収により水分子を励起し,酸素原子から水素原子への電荷移動を介してO-H結合の解離が起こるというものである.さらに,O-H結合が解離によりイオン化が起こり,第1近接の水分子を変化させることなく第2近接の水分子(分子間距離,4.4 A)が10 ps以内で変化していることが明らかとなった.この実験的に観測された水の構造ダイナミクスは,分子動力学シミュレーションを用いて光イオン化の条件下で第1近接および第2近接の水分子の分子間距離(O-O距離)を計算した報告と非常に良い一致を見せる.47)4.おわりにわれわれは,透過型の超高速時間分解電子線回折装置にアモルファス水の薄膜をその場で蒸着するシステムを導入した.このアモルファス水の薄膜に近紫外光(400 nm)を照射し,多光子吸収を生じさせることにより,水分子に電荷移動を生じさせO-H結合の解離を引き起こした.これにより水分子はイオン化され,時定数10 psで第1近接の分子間距離は変化しないままで,第2近接の分子間に無秩序化が生じた.ただし,水分子の最も速い原子・分子運動は10~100 fsの時間スケールで起こるはずであり,時間分解電子線回折装置の時間分解能を高めることにより,より詳細な水分子の構造ダイナミクスが明らかにされると期待される.このわれわれの開発したシステムにより,アモルファス材料のような周期性がほとんどない材料においても光励起を積極的に用いることにより,その構造および構造ダイナミクスを計測することが可能となる.日本結晶学会誌第61巻第1号(2019)謝辞本研究は,日本学術振興会の科学研究費補助金(若手研究B,基盤研究A,特別推進研究),科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(さきがけ研究)および公益財団法人日本科学協会の笹川科学研究助成の支援を受けて行った.また,本稿で述べた研究は岡山大学の林靖彦教授および東京工業大学の腰原伸也教授との共同研究による成果であり,両名に深く御礼を申し上げる.文献1)D. J. Flannigan and A. H. Zewail: Acc. Chem. Res. 45, 1828(2012).2)R. J. D. Miller: Annu. Rev. Phys. Chem. 65, 583(2014).3)M. Eichberger, et al.: Nature 468, 799(2010).4)V. R. Morrison, et al.: Science 346, 445(2014).5)M. Gao, et al.: Nature 496, 343(2014).6)T. Ishikawa, et al.: Science 350, 1501(2015).7)M. Hada, et al.: J. Phys. Chem. A 122, 9579(2018).8)M. Hada, et al.: J. Am. Chem. Soc. 139, 15792(2017).9)M. Hada, et al.: J. Vis. Exp. 135, e57612(2018).10)M. Falk, T. A. Ford: Can. J. Chem. 44, 1699(1966).11)A. H. Narten, H. A. Levy: Science 165, 447(1969).12)G. R. Choppin: J. Mol. Struct. 45, 39(1978).13)J. C. Dore: J. Mol. Struct. 250, 193(1991).14)R. Ludwig: Angew. Chem., Int. Ed. 40, 1808(2001).15)S. Dalla Bernardina, et al.: J. Am. Chem. Soc. 138, 10437(2016).16)D. T. Bowron, et al.: J. Chem. Phys. 125, 194502(2006).17)J. J. Shephard, J. S. O. Evans and C. G. Salzmann: J. Phys. Chem.Lett. 4, 3672(2013).18)J. J. Shephard and C. G. Salzmann: J. Phys. Chem. Lett. 7, 2281(2016).19)C. R. Hill, et al.: Phys. Rev. Lett. 116, 2155010(2016).20)C. J. Fecko, et al.: Science 301, 1698(2003).21)M. L. Cowan, et al.: Nature 434, 199(2005).22)H. Graener, G. Seifert and A. Laubereau: Phys. Rev. Lett. 66, 2092(1991).23)S. Woutersen, U. Emmerichs, H. -K. Nienhuys and H. J. Bakker:Phys. Rev. Lett. 81, 1106(1998).24)S. Woutersen and H. J. Bakker: Nature 402, 507(1999).25)D. Marx, M. E. Tuckerman, J. Hutter and M. Parrinello: Nature 397,601(1999).26)G. M. Gale, et al.: Phys. Rev. Lett. 82, 1068(1999).27)H. J. Bakker, S. Woutersen and H. K. Nienhuys: Chem. Phys. 258,233(2000).28)J. Stenger, D. Madsen, P. Hamm, E. T. J. Nibbering and T. Elsaesser:Phys. Rev. Lett. 87, 027401(2001).29)C. P. Lawrence and J. L. Skinner: Chem. Phys. Lett. 369, 472(2003).30)T. Steinel, J. B. Asbury, J. Zheng and M. D. Fayer: J. Phys. Chem. A108, 10957(2004).31)A. M. Lindenberg, et al.: J. Chem. Phys. 122, 204507(2005).32)C. -Y. Ruan, V. A. Lobastov, F. Vigliotti, S. Chen and A. H. Zewail:Science 304, 80(2004).33)Y. Zubavicus and M. Grunze: Science 304, 974(2004).34)K. Koga, H. Tanaka and X. C. Zeng: Nature 408, 564(2000).35)H. Tanaka and J. Mohanty: J. Am. Chem. Soc. 124, 8085(2002).27