ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No1

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概要

日本結晶学会誌Vol61No1

超高速時間分解電子線回折法のアモルファス状態の水への応用画像上でQ値(Q=1/d,dは原子や分子の周期距離)を校正するために,金薄膜(厚さ20 nm)から得られた電子線回折図形を利用した(図3D).ただし,金は面心立方格子(Fm3m)に属し,その格子定数はa=4.0782 Aである.白い矢印で示された回折リングは蒸着時間20分で現れ(図3B),蒸着時間が増すにつれてより明確になった.蒸着された水薄膜からは0.20,0.42,および0.75 A-1のQ値に対応する3つの回折リングが得られた(図3E).この電子線回折図形の高速フーリエ変換スペクトル(図3F)から水分子の周期は3~5Aであることがわかった.水や氷はさまざまな温度と圧力の条件下でその構造が調べられてきている.40)-43).図3Eで得られた電子線回折像は結晶特有の鋭い回折リングを示していないため,窒化シリコン薄膜上に蒸着された水分子はアモルファス構造をしていると考えられる.アモルファス氷はlowdensity amorphous ice(LDA),high density amorphous ice(HDA),およびvery high density amorphous ice(VHDA)に分類される.アモルファス水は,amorphous solid water(ASW)とhyperquenched glass water(HGW)にも分類される.図3Eに示されるとおり,回折像の第1次回折リングのQ値は0.20 A-1であり,これはLDA,ASW,またはHGWの一般的な値(0.28 A-1)よりさらに小さい値であることがわかる.これは,蒸着した水薄膜の密度が非常に低いアモルファス状態であることを示唆している.バルク状態の氷は200 Kでは不安定であり,一般的に真空中では昇華する.しかしながら,親水性の基板表面(図4AおよびB)では凝縮水あるいは氷はその表面エネルギーにより安定化される.蒸着したアモルファス状態の水分子の厚みは,電子線の透過強度(図4C)によって推定することができ,膜厚が200 nm以下では,時間に比例して膜厚が厚くなるが(phase 1),200 nm以上では膜厚が飽和していることがわかる(phase 2).ただし,水中での加速電圧75 kVの電子ビームの平均自由行程は約100 nmとして水薄膜の膜厚を計算した.44)蒸着した水の層が十分に厚いとき,またはバルクの氷と見なされるときは,水分子は真空中に昇華される.また,水分子が表面上の薄膜と見なされるときは表面エネルギーによって安定化されアモルファス状態の水薄膜として基板上に吸着される.図4窒化シリコン薄膜の表面の状態.(Surface of the siliconnitride thin film.)(A)窒化シリコン薄膜(B)窒化シリコンの表面の濡れ性:接触角が85°であるため,窒化シリコン薄膜の表面はやや親水性であることがわかる.(C)水薄膜の蒸着時間と透過する電子線強度(水の膜厚)との関係:水の蒸着は2段階で生じており,phase 1とphase 2は蒸着時間に対して比例して膜が蒸着されている段階と蒸着された水が昇華させるため膜厚が飽和している状態を示す.Reprinted with permission from J. Phys. Chem. A 122,9579(2018).7)Copyright(2018)American ChemicalSociety.3.結果図5Aに,波長400 nmの光励起下でのアモルファス水薄膜から得られた電子線回折図形の時間発展を示す.高角側のピーク(Q値が0.75 A-1のピーク)の変化はきわめて小さく分析することは困難であるため,低角側の2本のピーク(Q値が0.20と0.42 A-1のピーク)に注目する.注目すべきピークの変化は,ピークの低角側へのシフトと強度変調である.図5Bに,時定数10 psで生じるピークシフトの時間発展を示す.回折ピークのシフトは,一般に結晶材料の格子定数の変化あるいは非結晶材料の平均原子間距離または分子間距離の変化を反映する.45)低角側へのピークシフト(図5B)は,分子間距離が広がることを示している.すなわち,近紫外線の照射により10 psで全体的に分子間距離が広がっていることがわかる.ピークの強度変化は光励起前後の差分回折図形(図3C)を取ることにより明確となる.図1で示したとおり,差分回折図形のポジティブピークは元々存在しないが光励起により現れる周期性あるいは分子間距離を示し,ネガティブピークは元々存在し光励起によって減少する周期性あるいは分子間距離を示す.ポジティブピークはQ値が0.19と0.28 A-1に現れ,ネガティブピークはQ値が0.23 A-1に現れた.図5Cは,Q値が0.19と0.23 A-1における強度変調の時間発展を示している.この強度変調は時定数10 psで生じており,ピークシフトの変化の時定数と一致している.Q値が0.23 A-1の回折強度の減少とQ値が0.19,0.28 A-1の回折強度の増加は,図5Aの下図に示す4.4 Aの分子間距離が広がったり縮んだりしている(3.6~5.3 Aの範囲に変化している)こと日本結晶学会誌第61巻第1号(2019)25