ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No1

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概要

日本結晶学会誌Vol61No1

走査透過電子顕微鏡像観察による結晶構造解析図12原子散乱因子の原子番号依存性.(Atomic numberdependence of scattering factors at various scatteringparameters.)依存性を,異なる散乱パラメーターs(=sinθ/λ)ごとに両対数プロットしたものを示す.散乱パラメーターが小さい場合(例えばs<0.5[A-1]),原子散乱因子はZに対して単調には増大しないが,これは原子半径が単調に変化しないことに起因している.散乱パラメーターが大きくなる(例えばs>1[A-1])と,原子散乱因子(振幅)は徐々に両対数プロット上で直線になり,その傾斜は1に近づく(すなわち強度はZの二乗に比例する).高角散乱を捉えることにより,原子核のポテンシャルによる散乱が支配的になり,Rutherford散乱的な描像になる.低加速電子顕微鏡で高分解能像を観察する場合,波長が長くなることにより同じ散乱角度でもADF検出器による角度範囲が,散乱パラメーターs<0.5[A-1]となることは十分に考えられ,その場合にはkinematical近似の範囲でもべき乗則が成り立たない点に留意すべきだろう.第1ボルン近似は原子番号が大きいと成り立たなくなり,31)単原子においてもkinematicalな取り扱いができない.われわれは加速電圧80 kVでグラフェンやMoS 2,WS 2などの単層ナノ材料のADF像を定量的に観察することにより,原子番号の大きな元素でべき乗則が破綻することを実験的に見出した.32)グラフェンとMoS 2とWS 2とを原子番号と面密度から考えて計算しても,各材料平均ADF強度は原子番号のn乗には比例しない.実験結果の解釈のため,kinematical近似からさらに進めて,位相物体近似に基づくシミュレーションを行った.単原子のADF像をシミュレーションし,その積分強度から(水素原子に対する)相対的な散乱断面積を13の元素について計算した(図13).ここではHAADF像観察を仮定(s>1.7[A-1])しているため,kinematical近似ではすべての元素に関してべき乗則が成り立っている(図13中の黒実線,両対数プロットで直線).原子番日本結晶学会誌第61巻第1号(2019)図13位相物体近似に基づく単原子散乱強度の計算結果.(Relative cross sections of single atoms simulatedbasedonphase-objectapproximationatvariousacceleration voltages.)(a)原子番号1~31,(b)原子番号20~92.号が比較的小さい(B,C,O,S元素)場合,位相物体近似に基づくシミュレーションはkinematical近似と一致する.一方Z>20の元素(Ti,Ga,Mo,Ba,Eu,W,Pb,U)ではkinematical近似で予想される値から相対的に低下し,その傾向は加速電圧が下がるほど著しいことがわかった(図13b).なお,位相物体近似に基づくシミュレーションでは実験結果をほぼ再現する結果が得られていることを強調しておきたい.位相物体近似に基づくシミュレーションで,原子番号が大きい場合・加速電圧が低い場合に強度が低下する理由について詳細に検討すると,kinematical近似で高角に散乱されると計算されている強度が,低角側に収束されるようになっていることがわかった.この現象は先に述べたアトミックフォーカサーであり,チャンネリングの素過程であるとも言える.動力学的回折効果の重要性21