ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No1

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概要

日本結晶学会誌Vol61No1

木本浩司図10多層グラフェンの定量ADF像観察結果.(QuantitativeADF image of multilayer graphene.)(a)定量的に解析したADF像,(b)ADF像の強度ヒストグラム.矢印は単層グラフェンのシミュレーション値.図11単層グラフェンの定量解析例.(QuantitativeADFimaging of monolayer graphene.)(a)実験結果,(b)シミュレーション.シミュレーションは予想される量子ノイズを加えている.編集部注:カラーの図は電子版を参照下さい.典型的なADF像観察システムを模式的に示す.散乱電子はシンチレーターで光に変換された後,ライトガイドを用いて光電子増倍管に照射され,増幅された信号が得られる(ADF検出器内で行われる).信号はその後アナログデジタル(AD)コンバーターでデジタル信号に変換され,PCに記録される.光電子増倍管やADコンバーターには多様な設定項目があり,ADF検出器に来た信号を定量的に測った例は少ない.われわれはADF検出システムの特性を実測し,特に高感度計測条件で顕著な非線形性を補正して,定量的に計測できるようにした.28)従来の報告と異なるのは,ADF検出器の信号を,電子数に換算していることで,これにより量子ノイズも予想できる.ADF像観察の一例として,多層グラフェンの定量観察例を図10に示す.シミュレーションではグラフェン1層当たりの平均ADF強度は0.052%であることがわかっており(図10b矢印),ADF像の強度から直接層数を同定することができる.5.2実験とシミュレーションとの比較定量的なSTEM像観察による究極的な目標の1つは,原子像からの結晶構造解析,言い換えれば原子位置と原子番号の特定であろう.ここでは既知の材料として単層グラフェンを例に取り,原子分解能で定量計測・定量解析を行った例を述べる.29)実験で重要なのはSN比の良いADF像の取得である.例えば加速電圧80 kV,プローブ電流25 pAで,炭素原子1個による散乱電子を散乱角50~200 mradとして検出した場合を考えよう.典型的な画素滞在時間(20μs)中にADF検出器に到達する電子は,10個程度である.電子は物質との相互作用は大きいので,ADF検出器で単電子を測定することは可能であるが,量子ノイズは免れない.われわれは多重計測しながらドリフト量を予想し,ピコメートルオーダーでドリフトを追尾した.最終的に計測結果を電子数に変換した(図11a).ADF像のシミュレーションでは,マルチスライス法を用いて,入射プローブの幾何収差によるぼけ,エネルギー広がりによる焦点のぼけ,試料による電子の散乱を計算する.さらに加えて重要なのが,試料上の光源径の見積もりである.試料に投影された光源径は上述のように輝度によって制限され,有限のサイズをもつ.光源の強度プロファイルは従来研究ではGauss関数などが仮定されてきたが,われわれが詳細に実験結果を解析した結果,Gauss関数よりも広範囲に尾を引くLorentz関数を含めたプロファイル(いわゆるpseudo-Voigt関数)でないと実験が再現できないことがわかった.また,通常シミュレーションでは量子ノイズのない結果が得られるが,本研究ではプローブ電流から入射電子数を求め,ポアソン分布から予想されるノイズを含めた(図11b).計測結果とシミュレーションとは,量子ノイズレベルで一致しており,原理的には炭素をホウ素や窒素に置換すれば,その元素は同定できる.上述のような計測は,現在ほかの材料系へも展開中である.例えばTiO 2ナノシートの観察と,そのナノシートに太陽電池用の色素分子を吸着させた材料を解析し,30)単位面積当たりどれほど色素分子が吸着したかを推定するなどの試みを行っている.5.3 ZコントラストはZ 2コントラストなのか?ADF像は原子番号Zに応じたコントラストを示すことから,Zコントラストとも呼ばれ,ADF像の強度は,原子番号のn乗に比例(以下べき乗則と呼ぶ)すると言われている.nは1.5~2.0とされ,4),22)ADF検出器の内角を大きくしていくとnが2に近づきRutherford散乱のようになるとされている.ここではADF像強度の原子番号依存性をあらためて検討してみよう.原子による散乱振幅が十分に小さいと考えられる場合には,ADF像の強度を原子散乱因子(振幅)の二乗として計算できる.これはkinematical近似あるいは第1ボルン近似に相当する.図12に原子散乱因子の原子番号20日本結晶学会誌第61巻第1号(2019)