ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No1
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日本結晶学会誌Vol61No1
STEM-EELSによる局所元素・電子構造解析理的に非等価原子サイトを空間的に区別することができない.そこで,STEM-EELSによる空間分解した分析が今後より重要になってくると考えられる.一方で,実験的に原子分解能状態マップを達成するためには原子一点一点からS/Nの良いスペクトルを測定する必要がある.しかしながら,現実的なSTEM-EELS測定においては,電子線に強い金属酸化物でさえ良質なスペクトルを得るのに必要な最低ドーズ量が試料の許容ドーズ量を上回ってしまうため,実験的に測定することが困難な場合が多い.前述のLa 2CuO 4も電子線ダメージによりスペクトル形状自体が変化してしまう材料であるが,Sr 2+をドープしたLa 2-xSr xCuO 4はさらに電子線に弱く従来法では電子状態マップを得ることができない.このダメージの問題は,近年開発が進んでいる低加速電子顕微鏡法だけでは解決できない問題であり,根本的な解決が必要とされている.経験的にはSTEMにおける電子線ダメージは全ドーズ量というよりも,むしろ単位時間・単原子当たりのドーズ量に影響を受ける.そこでわれわれは近年,以下のような手法により高空間分解能でS/Nの良いスペクトルを得る技術を確立した.まず低ドーズ条件で高速スキャンにより電子線ダメージを減らしたSIを複数取得する.次に,結晶の周期性を利用して結晶学的に等価なサイトを強度(a.u.)図6(d)(a)全体(b) Apical (c) Planar530 535 540 545損失エネルギー(eV)HAADFx=0x=0.15x=0.3x=0.4O K-mapx=0x=0.15x=0.3x=0.4530 535 540 545損失エネルギー(eV)日本結晶学会誌第61巻第1号(2019)x=0x=0.15x=0.3x=0.4530 535 540 545損失エネルギー(eV)x=0.15 x=0.3 x=0.4La 2-xSr xCuO 4±δにおけるドープされたホールの原子分解能マッピング.(Atomic resolution hole mapping ofLa 2-xSr xCuO 4±δ.)La 2-xSr xCuO 4±δの(a)全領域,(b)apical,(c)planarサイトから得られたO K-edge.(a)のみモノクロメーターを使用し測定(d)HAADF像,O K-map,x=0.15,0.3,0.4におけるプレピークのみを用いたホールマップ.複数箇所抽出する.最後に各画像の試料ドリフトを非線形に補正し,マルチフレームに積算することで単位胞内の空間分解能を保持したままS/Nの良いスペクトルを得ることができる.図6に本手法を用いて得た,La 2-xSr xCuO 4±δにおけるホールマップの結果を示す.ホールは主に酸素の2pバンドにドープされることが知られているが,スペクトルを見るとホールドープ量に存してピークの立ち上がり近傍(伝導帯の底)にホールに対応する新しいピークが成長していることがわかる.また二次元マップを見ると,超伝導転移温度(Tc)に対する最適ドープ量であるx=0.15ではCuO 2面に選択的にホールが入っているのに対して,オーバードープ領域ではApicalの酸素サイトにホールが入っていく様子が実空間で直接観察できていることがわかる.さらにホールマップのPlanarサイトの酸素に注目してみると,CuOカラム上と純粋なOカラム上で強度が異なっていることがわかる.このような変化は酸素の元素マップにも見られる.元素マップにおけるCuOカラム位置での酸素強度の減少は重元素位置の高角散乱(HAADF強度)の増加による,酸素に対する入射電流量の低下として解釈される.13)しかしながら,ホールマップにおける強度差は酸素元素マップにおける強度差よりも大きく,ホールがCu方向を向く酸素の2p軌道に入っていることによるスペクトルの異方性が反映されていることが原因であることがわかった.つまりスペクトルのS/Nが劇的に改善されたことで,ApicalかPlanarかというホールの空間的分布の異方性だけでなく,Planarサイトにおけるホールの異方性(px,py,p z成分の重みの違い)までもがスペクトルに反映されている.またこのような電子軌道の異方性は,近年実験条件を最適化することでより顕著に検出できうることがわかってきている.14)8.原子分解能電子状態解析元素や電子状態を反映した原子分解能二次元マップでは,非弾性散乱の非局在性の効果はあるものの,励起確率強度の違いとしてその空間分布を議論してきた.一方,スペクトルを定量解釈する場合には,やはり信号の混在は深刻な問題であり,これを解決しなければ真に原子分解能で分析していることにはならない.その解決策の1つとして,2012年に共同研究者であるメルボルン大学のL. J. Allenらのグループにより,結晶構造が既知の試料に対して電子線の伝播過程を理論的に計算することで,各点における信号の混在を計算し,実験データからそれらを取り除くことで真に原子分解能で情報を抽出しようとする試みが提案されている.15),16)実験で得られるSIデータ∂σ/∂E| Rは電子プローブの位置Rにおける波動関数Ψ(R,r⊥,z)と非弾性散乱ポテン11