ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No1

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概要

日本結晶学会誌Vol61No1

治田充貴,倉田博基である高空間分解能に加えてより高エネルギー分解能での分析が進められている.5)3.EELSの空間分解能上述のようにHAADF-STEM像の空間分解能はすでにsub-Aに達しているが,残念ながらEELSの空間分解能は原理的にそれよりも悪い.これはHAADF像が電子-原子核による散乱であるのに対し,EELSは電子-電子間の散乱であることに起因する.原子核のポテンシャルは周りの電子により遮蔽されることで局在化しているが,試料内電子は有効な遮蔽効果がなく,EELS信号は空間的に非局在化している.そのため電子プローブが原子に当たっていなくても試料内電子は励起されてしまう.これを非弾性散乱の非局在性と呼び,その半値全幅d 50は以下の式で書き表される.6)d50 =λ34 /(1)2θEλは入射電子の波長,θEは非弾性散乱の特性角である.図2に非局在性因子の損失エネルギー依存性を示す.損失エネルギーが大きいほどEELS信号が局在化している.つまり,元素や殻の違いによりEELS信号の空間分解能が異なる.また縦軸のスケールを見るとEELSで調べられる一般的なエネルギー範囲(0~1,000 eV程度)においては,空間分解能が数Aであることがわかる.このことは,たとえsub-Aサイズの電子プローブを使用し,目的原子のみを照射したとしても非局在性により隣接元素を励起してしまうということを意味している.実際,原子レベルのEELS測定では隣接原子カラムの信号の混在が問題となり定量的解釈が複雑になる.また,図2に加速電圧による違いも示す.実用上よく使われる加速電圧の範囲内(<300 kV)では,低加速電図2非局在性因子(A?)1001010.1101001000損失エネルギー(eV)30 kV80 kV200kV非局在性因子の損失エネルギー依存性.(Energylossdependence of delocalization factor d 50 of inelasticscattering.)圧のほうが小さな非局在性を示す.また,式(1)にはプローブサイズが考慮されていないが,実際にはプローブサイズも空間分解能に影響を与える.さらに,入射電子線が試料を透過するまで空間的に局在化し続けているかという電子のチャネリング現象もEELSの空間分解能に影響を与える.そのため,低加速化は波長が長くなるため電子線プローブ径自体を大きくしてしまうこととなり,加速電圧と空間分解の関係性は一概には言えない.一方で,STEM-EELS分析ではS/Nの良いスペクトルを得るために局所領域に多量の電子線を照射する必要がある.特に原子レベルの分析では電子線ダメージが深刻な問題となることが多い.そのため,低加速条件での実験は非弾性散乱の非局在性の観点よりも,ダメージ低減の目的から利用される場合が多い.このような理由から,高分解能STEM-EELS法においては単純に電子線を置いた原子位置からの情報のみが反映されているわけではなく,さまざまな問題を検証しながら実験データを解釈していく必要がある.4.ヤーン・テラー効果の検出遷移金属酸化物は強誘電性や高温超伝導など多彩な物性を示すことからバルクから薄膜まで非常に多くの研究がなされている.また,その結晶構造は複雑化したものも多く,わずかな歪や組成の違いで物性が大きく異なることがすでに知られている.これら材料について物性発現の起源を原子レベルから理解するためには,単位胞中に存在する結晶学的に非等価な原子サイトそれぞれの電子状態を分析し,その役割を理解していく必要がある.そこで空間分解能の高いSTEM-EELSによる分析が有効な手段となる.ここではa軸方向にBサイト原子のCuとSnが積層した層状ダブルペロブスカイト型構造のLa 2CuSnO 6(図3a)に対して,各BO 6八面体サイトを分離したO K-edgeの分析によってヤーン・テラー効果を検出した例を紹介する.7)La 2CuSnO 6ではCu 2+がヤーン・テラー効果を引き起こすことで,CuO 6八面体が層方向に引き伸ばされ,各八面体がバックリングしている.ここでは図3aのようにBサイトとの結合の違いから酸素原子を3種類に分けて考える.図3cに各サイトから得られたO K-edgeを示す.この実験では電子線ダメージを避けるために,図3aに点線で示されるように同種Bサイト原子層をスキャンすることで各Bサイト位置からのO K-edgeスペクトルを得ている.サイト分解されたO K-edgeは局所電子構造の違いを反映して異なる形状になっていることがわかる.また全領域から得られた実験スペクトルは第一原理計算の結果(図3d)と良い一致を示していることがわかる.ここで,計算における全体スペクトルとは,コアホール効果を考慮した各酸素スペクトルを原子数比で足し合わ8日本結晶学会誌第61巻第1号(2019)