ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No4

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概要

日本結晶学会誌Vol60No4

杉本邦久図3(a)SiO 2ガラスのネットワーク構造,(b)SiO 2四面体構造の4員環と6員環.(SiO 2 glass:(a)network structure;(b)four/six-membered rings consisted of tetrahedral SiO 2.)図2 Ge 2Sb 2Te 5のネットワーク構造(a)非晶質相(記録時)(b)結晶相(未記録時).(Network structure of Ge 2Sb 2Te 5:(a)Amorphous phase;(b)Crystalline phase.)GeもしくはSbの2個,Teの2個の原子から構成されるリングのことを意味する.Ge 2Sb 2Te 5結晶に空孔が存在しなければ,リング分布は4員環100%となるが,Ge(Sb)サイトの20%の空孔の存在により6員環が形成される.一方,SbとTeの間は,明確に結合を構築している場合と,結合を構築していない場合が混在するという特徴的な原子配列を構築していた.本研究では,元素選択性X線異常散乱実験を適用することによりSbとTeを区別し,Sbのユニークな結合状態を解明することに成功した.さらに,SbとTeは,結合が存在しない場合でも,赤い点線で示す潜在的なネットワークを構築していることも明らかになった.この潜在的なネットワークは,相変化過程においてわずかな原子の移動で瞬時にSb-Te結合の形成が可能であり,結晶の原子配列を復元していることが推測される.このような特異な原子配列は,Sbを添加しないGeTeには存在しないことから,Sbを添加することにより形成されるこの潜在的なSb-Teネットワークが,レーザー照射によって素早く結晶のSb-Te結合を形成することを示唆しており,このことが光ディスクにおいてGe 2Sb 2Te 5の高速書き替えの要因であることが示唆される(図2).従来,PDF解析は,液体やガラスなどの非晶質物質に対して適用されてきたが,近年では,結晶化した物質にも用いられるようになった.Chapmanらは,オペランド計測によるPDF解析と固体Li-NMRスペクトルを組み合わせることにより,高容量,高電位を目指したFeOFを正極材料とする蓄電池の充放電過程の直接観察を行った.4),5)これにより,汎用的な電極を組み込んだセルを作製し,蓄電池の充放電過程中に,鉄電極付近でFリッチ相とOリッチ相とが,連続的に反応を起こすことが明らかになった.4),5)また,町田らは,SPring-8およびJ-PARCを利用した構造解析,PDF解析,XAFS解析を複合的に用いることにより,水素吸蔵合金の構造研究を推進し,原子相関,相関長から水素-金属,あるいは水素-水素相関を観測することによって,水素吸蔵放出サイクルによる転移の導入メカニズムの解明を行った.6)上述のいずれのPDF解析においても,複合的な計測データに基づいて解析を行い,すべての計測結果において整合性のとれる解を求めている.今日,放射光施設では,大強度X線と低ノイズの検出器を使うことにより,非常に統計の高い全散乱計測のデータを得ることができる.しかしながら,これらのデータは,一次元データであり,精度のあるデータであっても三次元の解を導くためには,ほかの計測手法との整合性を検証すべきであると考える.また,最近では,実験室の装置でも,短波長のX線源,集光素子,および高エネルギーX線対応の検出器を用いたシステムの構築により,PDF解析が可能になってきている.図3は,リガクのSmartLabにより測定したSiO 2ガラスのデータからRCMシミュレーションにより得られたネットワーク構造とSiO 2ガラス内に形成されるSiO 2四面体構造の4員環および6員環である.ハードウエアだけでなくソフトウェアも整備されてきており,今後,PDF解析がより身近に行えることを期待したい.本稿で紹介した強誘電体や磁性体,水素吸蔵合金など,ドメインを介在した物性はドメイン構造があるために従来の結晶構造解析で得られる平均構造ではドメイン内部の構造との間にずれが生じる.このような場合においてPDF解析は,局所構造と平均構造の両方をシームレスに繋ぐことができ,今後の展開が期待される.本稿を執筆するにあたり,ご助言を頂いた同センターの尾原幸治主幹研究員,㈱リガクの応用技術センターに感謝する.文献1)F. Zernike et al.: Z. Phys. 41, 184(1927).2)P. Debye et al.: Physikal. Zeit. 31, 797(1930).3)K. Ohara et al.: Adv. Func. Mater. 22, 2251(2012).4)O. J. Borkiewicz et al.: J. Appl. Cryst. 45, 1261(2012).5)K. M. Wiaderek et al.: J. Am. Chem. Soc. 135, 4070(2013).6)H. Kim et al.: J. Phys. Chem. C 117, 26543(2013).160日本結晶学会誌第60巻第4号(2018)