ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No4

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概要

日本結晶学会誌Vol60No4

日本結晶学会誌60,209(2018)Alexander F. Moodie教授を偲ぶ長年にわたり電子顕微鏡・電子線結晶学分野に多大な貢献をされたAlexander F. Moodie教授(Professor AlexanderForbes Moodie FAA 2))が,2018年7月8日にご逝去されました.享年94歳でした.Moodie教授は,豪メルボルンのCSIRO 3)の物理化学部門において,電子線の動力学的回折現象の理論と応用の分野を世界的にリードされました.特に,物理光学理論の深い知識に基づいて動力学的回折を記述するマルチスライス法を提案され,当時の同僚であったJohn M.Cowley教授(後に米国アリゾナ州立大学)とともに定式化されました.4)この方法は,結晶を多数のスライスに分け,入射電子波の伝搬を,各スライスを通過する際の位相変化と次のスライスまでのFresnel伝播の繰り返しとして記述するもので,動力学的回折現象を定量的に取り扱えるものです.特に高速フーリエ変換を利用して高分解能電子顕微鏡像および収束電子回折の定量的なシミュレーションを高速に行える方法として急速に普及しました.とりわけ,位相コントラストを用いた高分解能電子顕微鏡像の定量的解釈には欠かせない方法となりました.この業績に基づいて,1987年にIUCr第1回Ewald prize 5)をJohn M. Cowley教授とともに受賞されました.また,収束電子回折において,動力学的消滅則と呼ばれる多重散乱波同士の干渉現象を利用して結晶の映進面・らせん軸の有無を曖昧さなく判別する方法の開発にも大きく寄与されました.私(寺内)が博士課程の学生だった約30年前,Moodie教授が東北大学理学部にしばらく滞在されました.その当時,研究室で収束電子回折をテーマにした学生に最初に渡される数編の論文の内の1つが,Gjonnes&6Moodieの動力学的消滅則を理論的に定式化した論文)でした.そのような基礎的論文を書いた先生が身近に滞在しているというのが,何となく不思議に感じた記憶があります.また,当時導入されたばかりの透過型電子顕微鏡を見せてあげなさいと指導教官の田中通義先生に言われ,片言の英語でドキドキしながら説明したのを覚えています.その途中,Moodie先生は装置の前に座ると,ある操作をして「いいレンズだね」というようなことを言われました.何のことだかわからず,後日,田中通義先生に聞いたところ,対物レンズの性能(収差)の大きさをチェックしていたということのようでした.そのときの,さっと装置の前に座って迷わずに操作をしていたMoodie先生の姿が印象的でした.日本結晶学会誌第60巻第4号(2018)Alexander F. Moodie教授(Professor Alexander F. Moodie ?75 years 1)より(Reproduced with permission of the InternationalUnion of Crystallography))1988年にCSIROをリタイヤされた後も,Moodie教授はロイヤルメルボルン工科大学教授として研究・教育活動を継続されました.International table for Crystallography, Vol.B(2006, 2010)の“Dynamical theory of electron diffraction”の章をJohn Cowley教授,Peter Goodman博士とともに執筆されています.また,三波動力学回折効果を利用して結晶構造因子の大きさと位相を決定する手法の開発に取り組んでおられました.最近までモナーシュ大学のモナーシュ電子顕微鏡センターにAdjunct Staffとしてかかわり,研究者・学生をinspireされていました.Moodie教授の温厚な性格と研究・教育への情熱は良く知られており,その薫陶を受けたMoodie schoolの卒業生である研究者が世界中におられます.すべての電子顕微鏡・電子線結晶学分野の研究者はMoodie教授の恩恵を受けていると言っても過言ではないでしょう.ここに謹んでMoodie教授のご冥福をお祈り申し上げます.(東北大学多元物質科学研究所寺内正己東北大学学際科学フロンティア研究所津田健治)文献1)D. J. H. Cockayne, J. M. Cowley, J. Etheridge, J. Gjonnes, N. Katoand J. C. H. Spence: Acta Cryst. A55, 103(1999).2)オーストラリア科学アカデミー会員(Fellow of the AustralianAcademy of Science, FAA)3)オーストラリア連邦科学産業研究機構(Commonwealth Scientificand Industrial Research Organisation, CSIRO)4)J. M. Cowley and A. F. Moodie: Acta Cryst. 10, 609(1957).5)https://www.iucr.org/iucr/ewald-prize/ewald016)J. Gjonnes and A. F. Moodie: Acta Cryst. 19, 65(1965).209