ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No4

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概要

日本結晶学会誌Vol60No4

松尾光一ノ酸が多く含まれる場合は,注意が必要となる.詳しくは,後述する.図6に,典型的なタンパク質であるミオグロビン,コンカナバリンA,大豆トリプシンインヒビターのVUVCDスペクトル(260~160 nm)を示す.7)主としてα-ヘリックスからなるミオグロビンは,222と208 nm付近に負,190 nm付近に正のCDピークが観測され,さらに175 nm付近に肩,165 nm付近に負のピークが存在する.一方,β-ストランドを多く含むコンカナバリンAは,2つの負のピークが220と175 nm付近に,また正のピークが195と165 nm付近に存在する.ポリプロリンタイプⅡヘリックスを多く含む大豆トリプシンインヒビターでは,220,190,170 nm付近に正,200,175 nm付近に負のピークが存在する.このように,遠紫外領域に加え,VUV領域のCDも二次構造の違いを敏感に反映することがわかる.5.1二次構造含量と本数の解析CD法を用いたタンパク質の二次構造解析は,1970年頃から開始された.当初は,ポリLリジンやポリLグルタミン酸などのポリペプチド由来のα-ヘリックス,β-ストランド,コイルのCDスペクトルを成分スペクトルとし,球状タンパク質の二次構造含量を予測する手法が用いられた.16)しかし,この手法は,ポリペプチドの二次構造が球状タンパク質よりも長く,また二次構造の末端効果を無視した予測であったため,その精度は低かった.16)そのため現在では,構造既知な数十種の参照タンパク質のCDスペクトルと二次構造含量データから二次構造の成分スペクトルを抽出する手法(特異値分解法など)が広く利用されている.これはDSSP 17)やXtlsstr 18)などのタンパク質の原子座標から二次構造を帰属するプログラムや,SELCON3,CDSSTR,CONTINなどのタンパク質のCDスペクトルから二次構造含量を予測する二次構造解析プログラム(例えば,CDProソフトウェア:http://lamar.colostate.edu/~sreeram/CDPro/)の開発により大きく発展した.19)これら二次構造解析で使用する参照タンパク質のCDスペクトルのデータベースをVUVCDスペクトルに置き換えると,解析に利用できるデータ量が増大するため,二次構造含量の予測精度が向上する.7)また,通常のCD解析では主に4種類の二次構造(α-ヘリックス,β-ストランド,ターン,コイル)の成分スペクトルを抽出するが,VUV領域までのCD測定により,解析できる成分スペクトルが最大8種類まで増加する.20)そのため,1本のα-ヘリックス(あるいはβ-ストランド)を,中心付近のregular構造と両端4残基(β-ストランドでは2残基)のdistorted構造に分け,21)計6つの成分スペクトルを一度に求めることで,二次構造の含量に加え本数も容易に算出できるようになる.このような解析法は,Dichro Web(http://dichroweb.cryst.bbk.ac.uk/html/home.shtml)22)やBESTSEL(http://bestsel.elte.hu/index.php)23)などOnline上でも利用できる.5.2二次構造配列の解析構造既知なタンパク質のアミノ酸配列データと二次構造データを比較することで,統計的に20種類のアミノ酸に対する二次構造傾向指数を求めることができる.1970年代にChou-Fasman法が開発され,24)現在ではバイオインフォマティクス技術であるNeural Network(NN)25法)や部位特異的スコア行列などを利用することで,26)各アミノ酸のα-ヘリックスとβ-ストランドの傾向指数を算出することができる.われわれは,これらの指数を利用しターゲットタンパク質のアミノ酸配列から二次構造配列を予測する際に,VUVCDから得られた二次構造含量(残基数)と本数を組み込むことができるVUVCD-NN法を開発した.27)VUVCD-NN法の予測精度は,Q 3値で75%程度であるが,改良されたNN法を使った高度化により,80%以上の精度が期待できる.この手法の最大の特徴は,VUVCDから得られる二次構造情報を組み込むことができるため,溶媒効果,変異,変性などで起こるタンパク質の構造変化(実験データ)に応じた二次構造配列を予測できることにある.28),29)またこれらの二次構造情報は,Homologyモデリングで予測されるモデル立体構造の評価にも利用できる.30)このようなVUVCDとバイオインフォマティクス技術などを融合させたタンパク質の二次構造の含量・本数・配列解析法は,DNA結合タンパク質などのさまざまなタンパク質の構造-機能研究に応用されている.31)-35)5.3二次構造配向の解析これまでCDスペクトルによる二次構造解析について記述してきたが,CDと同時に計測できるLD(直交する直線偏光の差)スペクトルから,α-ヘリックスやβ-ストランドの配向に関する構造情報が獲得できる.36),37)図7aに示すように,二次構造の遷移モーメントは波長によって特定の方向をもつが,水溶液中では均一に分散しているためLDを示さない.しかし,タンパク質が結合した生体膜やアミロイド線維などの高分子をフロー環境下に置くと,二次構造由来のLDを示す.36),37)例えば,球形のリポソーム(生体膜)にα-ヘリックスが貫通している場合は(図7b),直交する2つの直線偏光の吸収に差が生じないのでLDが観測されないが,フロー環境下ではリポソームは楕円形に変化するため,2つの直線偏光の吸収に差が生じLDが観測される.この符号からα-ヘリックスの生体膜表面に対する配向についての情報を得ることができる(図7c).36),37)VUVCD装置に取り付けているフロー型のLD測定システムの概略図を図7dに示す.溶液試料は,ポンプを通してフローセルに送り込まれ,せん断速度の大きい部分(この場合,主に流路の端)において大きく配向する.このシステムでは,試料が流路内を循環204日本結晶学会誌第60巻第4号(2018)