ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No4

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概要

日本結晶学会誌Vol60No4

松尾光一(a)(b)図2光学試料セル.(Optical cell for sample solution.)(a)光学セルの写真と(b)概略図.7),8)薄のテフロンスペーサーを用いており,1.3~100μmの範囲で制御可能である.このセル窓は,3個のO-ringを介してステンレスホルダーにセットされ,円筒形のスクリューにより均一に固定される.これにより,セル窓に歪を与えることなく試料溶液を高真空下に保持できる.温度は,ペルチェ素子を用いて,-20℃から100℃まで制御でき,タンパク質などの生体分子の熱あるいは低温による構造変化を計測することも可能である.7)本システムは,CDと同時に吸収や直線二色性(LD)スペクトルの測定も可能であり,異方性をもった試料の測定にも利用されている.また,フローセルを利用して外部から生体試料を注入できる.放射光を用いることで得られる高エネルギー領域のCDスペクトルを活用し,さまざまな共同研究が展開されている.以下に,糖類とタンパク質の構造解析の研究例を紹介する.4.糖類の構造解析糖類のアセトアミド基やカルボキシル基などは,200~240 nmにn?π*遷移,180~200 nmにπ?π*遷移に由来する吸収を示すが,このような置換基をもたない中性糖は,アセタール結合やヒドロキシ基などのn?σ*遷移に由来する吸収を140~180 nmの領域のみに示す.そのため中性糖のCDは,VUVCD分散計でのみ検出可能となる.4.1単糖類図3に3種の単糖類であるD-マンノース,D-グルコース,D-ガラクトースの化学構造とVUVCDスペクトルを示す.170 nm付近にのみバンドが観測され,これらは主として環状構造内の酸素原子(O-5)の吸収(n?σ*遷移)に起因している.9)3種の糖類の構造は類似しているが,D-グルコースとD-ガラクトースのように,C-4位のヒドロキシ基の向きがエクアトリアル配位かアクシアル配位かの違いだけで,CDの符号が異なり,糖類の立体構造にCDが敏感であることがわかる.しかし糖類は,C-1位でOH基が2種のアノマー(α,β),C-5位でCH 2OH基が3種の回転異性体(ゴーシュ・ゴーシュ:GG,ゴーシュ・トランス:GT,トランス・ゴーシュ:TG)を形成するなど,水溶液中で複雑な平衡状態である.そのため,糖類の個々の立体配座に対応するCDを実験データから明[θ]×10 -3 / deg・cm 2・dmol -11612840-4D-MannoseD-MannoseD-GlucoseD-GlucoseD-Galactose-8160170180190200210220Wavelength / nmD-Galactose図3単糖類のVUVCDスペクトルと化学構造.(VUVCDspectra and chemical structures of monosaccharides.)9)(a)(d)α-GTα-GGα-TG[θ]×10 -3 / deg・cm 2・dmol -10α-TGα-GT-20160170180190200210Wavelength / nm図4メチル-α-D-グルコピラノシドの構造と実験・理論CDスペクトル.(Structure, and experimental and theoreticalCD spectra of methylα-D-glucopyranoside.)(a)メチル-α-D-グルコピラノシドの構造と(b)実験・理論CDスペクトル.(c)各回転異性体の理論CDスペクトルと(d)分子内水素結合を含んだ回転異性体の立体配座(点線は水素結合).6)確化することは困難であった.しかし最近では,糖類などの生体分子の溶液構造をシミュレートする分子動力学(MD)法や,これらの溶液構造から旋光強度Rを計算できる時間依存密度汎関数法(TDDFT)が発展し,立体配座とCDとの関係が明らかになりつつある.図4aに,メチル-α-D-グルコピラノシドの構造を示す.6)このメチル化糖は,C-1位がα-アノマー型に固定されているため,水溶液中では3種の回転異性体の平衡状態にある.図4bに実験CDスペクトルとMDとTDDFTから計算した理論CDスペクトルを示す.この図から,理論計算により得られたCDスペクトルは,実験で得られた強度やピーク位置などの特徴を再現していることがわかる.また,この理論計算で得られた各回転異性体(α-GG,α-GT,α-TG)の理論CDを図4cに示す.GGとGT配位はそれぞれ170 nm付近で正と負のCDピークを示し単糖類のVUVCDスペクトルは回転異性体の種類に大きく依存することが理解できる.さらにメチル-β-D-グル50-5-1020(b)(c)ExperimentTheoryα-GG202日本結晶学会誌第60巻第4号(2018)