ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No4

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概要

日本結晶学会誌Vol60No4

放射光真空紫外円二色性分散計の開発と生体分子構造解析円偏光の吸光度A Rについても同様な式で表すことができるためCDは,ΔA=AL-AR=εLCl-εRCl=ΔεCl(2)と定義することができる.ここで,Δεをモル円二色性という.この式からわかるように,左円偏光をより強く吸収する媒質は正のスペクトルを,右円偏光をより強く吸収する媒質は負のスペクトルを示す.CDの単位は,楕円率(θ,deg)である.光路長(cm)やモル濃度で規格化されたモル楕円率([θ],degrees cm 2 dmol-1)は,[θ]=100θ/Cl(3)から求まり,また[θ]とΔεの間には,Δε=[θ]/3298(4)が成り立つ.タンパク質や糖鎖などの高分子のモル楕円率の場合は,モル濃度の計算に,平均残基分子量を用いる.通常のCD装置から得られる生データの単位はmdegreeであるので,規格化する際には注意が必要である.2.2理論CDの符号や強度を決定する物理量として,旋光強度Rがあり,理論的には,発色団の電気双極子遷移モーメントμ?と磁気双極子遷移モーメントm?での内積によって決まる.分子の発色団の0軌道からa軌道への電子遷移による旋光強度R 0aは,R 0a=Im{〈Ψ0|μ?|Ψa〉・〈Ψa|m?|Ψ0〉}(5)と記述される.Imは虚数成分を取ることを示している.発色団iがもつ施光強度R iとモル楕円率[θ]iとの関係は,旋光強度がガウス分布であると仮定すると,R i=1.23×10-42[θi]Δσ/σi(6)となる.ここで,σiは発色団iの吸収エネルギー(eV),Δσはスペクトルの半値幅である.通常,分子は複数の発色団つまり電子遷移を含むため,これらの旋光強度つまりモル楕円率の和は,3.放射光を用いた真空紫外円二色性分散計HiSOR(電子エネルギー0.7 GeV)のVUVCD分散計は,Wadsworth型の直入射分光器を備えたビームライン12に設置され,主に可視からVUVまでのエネルギー領域(波長120~600 nm)が利用できる.光束密度は試料位置で約1×10 10 photons/sec/mm 2と,水溶液中の生体試料に損傷を与えることなく放射光実験が可能である.3)3.1光学系VUVCD装置の概略図を図1に示す.4),7)本装置は,円偏光を発生させる偏光変調チャンバーと試料を設置する試料チャンバーから構成される.放射光は,直線偏光子(POL)により,直交する2つの直線偏光(主光と参照光)に分離され,光弾性素子(PEM)により50 kHz(20μs)の周期で左右円偏光に変調される.主光は光学セルを通過後,光電子増倍管(Main-PM)で検出される.参照光は,検光子(ANA)を通過後,別の光電子増倍管(Ref-PM)で検出される.Main-PMで検出されたCDシグナルは,Ref-PMで検出された参照シグナルとロックインアンプ(LIA)において同期整流され,CD値としてモニターされる.また,この参照シグナルから偏光状態がモニターできるため,PEMの熱などによるドリフトは自動補正でき,紫外からVUV領域まで精確に円偏光が変調できる.このように,参照光を利用するシステムを光サーボリファレンス方式といい,CD分散計で採用されているのは本装置のみである.これらの光学素子は,窒素雰囲気中だけでなく,水や大気の光吸収を防げる高真空中(10-4~10-5 Pa)にも設置でき,VUV領域でも安定した光量を提供できる.3.2測定系VUVCD測定で使用されている光学セルの写真と模式図を図2に示す.7),8)窓材の光学結晶は,波長120~130 nmのVUV領域まで高い透過率をもつMgF 2やCaF 2を利用している.光路長は,水の光吸収を抑えるため極[θ](σ)=∑i[θ]i exp[-{(σ-σi)/Δσ}2](7)と表され,この式からエネルギーに依存したCDスペクトルが得られる.6)旋光強度Rは,分子構造の三次元座標がわかれば,Gaussian09などの計算ソフトを用いて,容易に計算することができる.しかし,タンパク質のような高分子の場合は,計算コストが莫大になる.そのためタンパク質のCD計算には,タンパク質立体構造の三次元座標からCD5スペクトルを算出できるCD理論)を用いることが主流となっている.日本結晶学会誌第60巻第4号(2018)図1真空紫外円二色性(VUVCD)分散計の概略図.(Outline of vacuum-ultraviolet circular-dichroismspectrophotometer.)SR:放射光,POL:直線偏光子,PEM:光弾性素子,ANA:検光子,MR:ミラー,PM:光電子増倍管,GV:ゲートバルブ,LIA:ロックインアンプ,TMP:ターボ分子ポンプ.4),7)201