ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No4

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概要

日本結晶学会誌Vol60No4

日本結晶学会誌60,200-208(2018)ミニ特集キラリティー測定の最前線放射光真空紫外円二色性分散計の開発と生体分子構造解析広島大学放射光科学研究センター松尾光一Koichi MATSUO: Development of Vacuum-Ultraviolet Circular-DichroismSpectrophotometer Using Synchrotron Radiation and Structural Analysis of BiomoleculesA vacuum-ultraviolet circular-dichroism spectroscopy using synchrotron radiation greatlyexpands the utility of chiroptical technique for the structural analysis of biomolecules by combiningwith theoretical analysis and bioinformatics. This spectroscopy provides the structural dynamics,intramolecular hydrogen bonds, and hydrations of saccharides, and also successfully estimates thesecondary structure contents, numbers of segments, and sequences of native proteins and non-nativeproteins such as membrane-bound proteins. The circular dichroism theory of protein discloses thelocal structures of the amyloid fibrils at the molecular level. This synchrotron-radiation spectroscopyis opening a new filed in the glycobiology and structural biology.1.はじめに円偏光二色性(Circular Dichroism:CD)は,左円偏光と右円偏光がキラリティーをもつ物質(光学活性物質)に対して異なる吸収を示す現象であり,これらキラル物質の立体構造の違いを敏感に反映する.そのためCD法は,光学活性をもつ有機分子や金属錯体などの絶対配置の決定やタンパク質やDNAなどの生体分子の構造解析法として広く利用されている.1),2)生体分子の構造解析におけるCD法は,X線結晶構造解析やNMRのような原子レベルの構造情報を与えないが,微量な試料で分子構造の変化が追跡可能であり,また温度・pH・イオン強度を変化させた場合や生体膜などの添加物を加えた場合といった広範囲な溶媒条件下での測定に対応できる.また,キセノンランプなどの通常光源を用いた場合,水溶液中でのCD測定は遠紫外領域(波長~190 nm程度)までに限られ,生体分子構造の発色団に由来するCDを十分に観測できないが,放射光を光源として用いた場合,ヒドロキシ基やアセタール結合などの高エネルギー発色団の吸収が豊富な真空紫外(VUV)領域(波長~120 nm)までのCDスペクトルが高S/N比で測定できるようになる.これにより,従来よりも詳細で新規な生体分子の構造情報が獲得できる.放射光を用いたCD分散計の構想や開発は,1980年代から米国のSynchrotron Radiation CenterやBrookhavenNational Laboratory,ドイツのElecreon Strecher Acceleratorで始まり,Aarhus Storage Ring(デンマーク),SynchrotronRadiation Source(英国),Hiroshima Synchrotron RadiationCenter(広島大学放射光科学研究センター:HiSOR,日本),Beijing Synchrotron Radiation Facility(中国),NationalSynchrotron Radiation Research Center(台湾), SynchrotronSOLEIL(フランス),BESSYII・ANKA(ドイツ),DiamondLight Source(英国)などで次々と開発・実用化された.閉設・移動したものもあるが,現在では世界7カ国8放射光施設で稼動しており,建設計画中のものもある.3)わが国ではHiSORにて,放射光を光源とした真空紫外円二色性(VUVCD)分散計が開発され,国内外の研究者との共同利用・共同研究に利用されている.4)本装置は,主に水溶液中の生体分子の構造解析に利用され,最近ではVUV領域までのCDスペクトルの理論解析技術が発展し,実験データだけでは困難であったより精密な構造情報も獲得できるようになっている.本稿では,世界各地の放射光施設に広まっている放射光を利用したCD分散計の概略をHiSORのVUVCD装置を例として示した後,VUVCD法と最新の計算科学を組み合わせた生体分子の構造解析について紹介し,今後の展望について述べる.2.原理と理論CDの原理や理論は,多くの論文や総説1)-3),5)で紹介されているため,ここでは,本説を理解するために必要な基本的な原理や理論について述べる.2.1原理CDは,左円偏光と右円偏光の吸収の差として定義される.左円偏光の光強度I L0が,光路長lでモル濃度Cの媒質を透過した後,光強度I Lに減衰した場合,左円偏光の吸光度A Lは,Beer-Lambertの法則より,A L=log 10(I L0 /I L)=εLCl(1)と表される.εLは,左円偏光のモル吸光係数である.右200日本結晶学会誌第60巻第4号(2018)