ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No4

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概要

日本結晶学会誌Vol60No4

黒田玲子と,表される.3)ここでLD,LBはそれぞれ(x?y)直線二色性(linear dichroism),(x?y)直線複屈折(linear birefringence),LD′,LB′はそれぞれ(45°-135°)直線二色性,(45°-135°)直線複屈折,またP x2,P y2はそれぞれx,y軸に対する光電子増倍管(PM)の窓板の透過率で,aはx軸に関するPMの方位角,θはサンプルの回転角である.溶液のような均一な状態では,LD,LB,LD′,LB′は0であるが,固体状態のように本質的に巨視的異方性をもつ試料では,これらの値がCDの数百倍になることもある.固体状態でユニークに現れるCDを測定するためには,固体状態で測定する必要があるが,巨視的異方性の項の存在を忘れ,市販の分光計で測定した異方性によるシグナルを含んだスペクトルが報告されることもあり,看過できない.正しいスペクトルを得るには,式(1)のCD以外の項を消去するか,CDシグナルのみを観測するようにするかの工夫が必要となる.2.2異方性を含まない測定が可能な試料4),5)2.2.1特殊な単結晶の測定等軸晶系の結晶軸(ただし4.2参照),あるいは正方晶系,六方晶系のような単軸晶系の単軸に垂直な面では異方性がない.したがって,これらの結晶軸方向に円偏光を入射させると,光路に垂直な面での異方性は0となり,観測されるCDシグナルには異方性による偽のシグナルは含まれず,正しいCDスペクトルが観測できる.しかし,結晶内の分子の配向により,許容される電子遷移の種類が限られることがある.例えば,D3対称をもつCo(III)錯体の第一吸収帯領域でのd-電子エネルギーは,D3配位子場で1 T 1g軌道が1 A2と1 E軌道(2重に縮退している)に分裂し,1 A 1→1 A2および1 A 1→1 E遷移となる.どちらも磁気的に許容されるが,電子的にはそれぞれC3軸に平行および垂直なときにのみ許容される.そこで,分子のC3対称軸と六方晶系結晶のc軸が平行であれば,結晶軸方向に円偏光を入射させることで,Eバンドのみが励起されることになる.その結果,バンドの帰属が行え,さらに,その旋光強度rotatory strength Rを求めることができるという大きな利点がある.4)-6)一般に,大きな正と負のピーク(今の例では1 A 1→1 A2と1 A 1→1 E遷移)が近接して存在しているので,分子がランダムに配向している溶液のCDスペクトルではそれらが打ち消しあった結果の一桁小さなピークとして観測される.CDスペクトルが分子構造に敏感なゆえんでもある.図1左にΛ-[Co(en)3]Br 3.H 2Oの溶液状態と光軸方向の単結晶のCDスペクトルを示す.4)-6)溶液のCDは単結晶のEバンドよりも一桁小さいが(縦軸のスケールが溶液と結晶では異なる),主成分のピークの符号は一致している.一方,bis(tridentate)Co(III)錯体である[Co((2R-Me)-tacn)2](ClO 4)3の場合には(図1右),溶液のCDスペクトルは単結晶と完全に逆符号で,あたかも絶対配置が逆転して?εsolution43210-1いるかのようである.この理由は,Co原子周りの配位子が正八面体場から大きく歪み極方向に配置しており,また,カウンターイオンとの相互作用により,Aバンドの強度が増大しているためであると説明される.6),7)4)-6),8),9)2.2.2粉末結晶上に記したように,特定の結晶系の特定の方向のときにのみ,異方性によるシグナルを含まないCDが測定できる.しかし,結晶を透過した光が十分な強度をもつように結晶を薄く磨くのは非常に困難である.さらに,異方性を含まない単結晶の測定では許容される電子遷移が限られ,一部の情報しか得られない.これらの問題を解決するためには,粉末結晶のCDスペクトルを測定すればよいと着想した.4),5)誌面の関係で今回は詳しくは触れないが,単結晶と粉末結晶(定量性が必要)のCDスペクトルと組み合わせる方法により,Co(III)錯体の1A 1→1 A2と1 A 1→1 E遷移両方の帰属と旋光強度,吸収帯波長を求めることに成功し,理論計算との比較が可能となった.4)-7)500 400 nm(B)(A)2010-102024ν/10 3 cm -10?εsingle crystal?ε粉末結晶のCDを同じランダムに配向している溶液状態とのCDと比較すると,溶媒の影響や隣接する分子の影響の情報が得られるので興味深い.そこで粉末結晶のCDをKBr discとnujol mullの両方で測定する方法を開発した.4),6),9)粒子が小さくなり分散が小さくなるのはKBr disc法である.粒子の大きさ,disc生成時の圧力の影響が強度も含めたスペクトルに及ぼす影響を博士論文研究で調べた.4)Discの作り方によっては異方性が生じる恐れがあるので,後述のUCS分光計を使って後に再検討した.6),8)今では多くの人が当たり前に使うようになっている粉末結晶のCDのKBr discによる測定法を世界に先駆けて開拓したことをうれしく思っている.6420-2-4-6500 400 300 nm20 30ν/10 3 cm -1図1(A)c軸方向に入射した単結晶と(B)その溶液のCDスペクトル.((A)CD of a single crystal withradiationalongthecrystalcaxisand(B)itssolutionCD.)(left):Λ-[Co(en)3]Br3.H2O;(right):[Co(2R-Me)-tacn]2](ClO 4)3.192日本結晶学会誌第60巻第4号(2018)