ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No4

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概要

日本結晶学会誌Vol60No4

髙阪勇輔一般的に,結晶構造キラリティーを決定するためには単結晶X線回折による絶対構造解析を行う.この手法では,キラルな結晶構造を有する化合物において,原子散乱因子に含まれ,実数成分と_虚_ _数成分から構成される異常分散項により(h k l)と(h k l)の回折強度に差が生じることを活用する.Flackパラメーターを結晶構造解析の精密化パラメーターとすることで右手系と左手系キラル結晶構造のドメイン比を求めることができる.9)-11)しかし,測定をサブmmオーダー以下の微小結晶で行う必要がある.一方,磁気構造キラリティーを決定するための偏極中性子回折測定ではcmオーダーの大型単結晶を必要とする.つまり,2つの実験手法で必要となる試料サイズが根本的に異なることが問題となる.1.2 CsCuCl 3CsCuCl 3は,高温では対称心のある結晶構造を有するが,423 Kの構造相転移により図1に示すようなキラルな空間群P6 122(右手系)およびP6 522(左手系)に属する結晶構造を形成する.12)-15)また,10.5 K以下において磁気伝搬ベクトルk mag=(1/3 1/3δ)(δ~0.09)を有するらせん磁気構造を形成することが中性子回折測定によって観測されている.16)これまで本物質の結晶キラリティーを検証するために,2つの研究グループによって偏極中性子回折測定が行われてきた.Itoらは,主に右手系結晶ドメインのCsCuCl 3結晶において,おおまかに右巻きのキラルらせん磁気構造ドメインが形成されたと主張しており,Adachiらの論文においてprivate communicationとして引用されている.16)しかし,その実験結果はいまだに論文として報告されていないため,詳細は不明である.一方,Plakhtyらも右手系CsCuCl 3を育成し同様の測定を行っているが,右巻きと左巻きのらせん磁気構造ドメインはほぼ半々に形成されたと報告している.17)つまり,らせん磁図1(a)c(b)abCsCuCl 3の(a)右手系(空間群P6 122)および(b)左手系(空間群P6 522)の結晶構造.青丸のCuサイト上に記された矢印は,(a)右巻きおよび(b)左巻きキラルらせん磁気構造を示す.20)(Crystal structureof(a)right-handed(space group P6 122)and(b)lefthanded(spacegroup P6 522)CsCuCl 3.)編集部注:カラーの図は電子版を参照下さい.気構造のキラリティーはDM相互作用の影響を受けないと主張しており,両者の主張は,まったく異なる.両者は結晶構造キラリティーを中性子回折の構造解析によって評価したと主張しているが,この評価手法そのものに問題があったとわれわれは考えている.われわれはCsCuCl 3の単結晶を育成し,その結晶キラリティーを従来のX線回折法と円偏光共鳴X線回折法で決定してきた.18),19)従来の結晶育成手法において,mmオーダー以上の大きさの単結晶試料は,常にラセミ双晶結晶となった.サブmmオーダーの微小結晶にすると一部の結晶がホモキラル結晶となった.また,ラセミ双晶結晶の結晶構造キラリティーのドメイン分布を観測するために円偏光共鳴マイクロX線回折法を実施したところ,試料内において,数十μm程度の大きさの右手系と左手系の結晶ドメインが混ざって分布していることが判明した.つまり,Plakhtyらの結果は,ラセミ双晶結晶を誤ってホモキラル結晶と判断したことが問題の原因であると考えられる.本稿では,らせん磁性体CsCuCl 3の片手系の結晶キラリティーで構成された単結晶育成手法と結晶キラリティーの評価,偏極中性子回折測定によるらせん磁気構造のヘリシティの評価手法を紹介する.20)これにより,結晶構造キラリティーとらせん磁気構造のキラリティーが結合するかを議論したい.2.CsCuCl 3の結晶学的キラリティーの検証2.1ホモキラル単結晶育成CsCuCl 3は水溶性化合物であるため,飽和水溶液を作成した後に,水溶液の徐冷による飽和濃度の変化,もしくは水溶液の蒸発に伴う結晶の析出により単結晶を得ることができる.16)しかし,この結晶育成手法で単結晶を大型化した場合,ラセミ双晶結晶しか得ることができないことが問題となる.18)われわれは,水溶液を撹拌しながら結晶成長させる撹拌法により単結晶育成を行った.水溶液から結晶成長を行う場合,一般的には水溶液を振動などの外的要因を可能な限り排除した環境に静置して行うが,撹拌法においては,撹拌子を100~120 rpmで回転させることでビーカー内の水溶液を激しく撹拌させながら結晶成長を行う.例えば,水溶性キラル化合物NaClO 3は通常の結晶育成手法ではラセミ双晶が生成されるが,撹拌法を用いることによりホモキラルな単結晶を得ることが可能となる.21)CsCuCl 3においても撹拌法で結晶育成を行うことで長辺方向が最大3 mm程度のホモキラルな単結晶を得ることに成功した.22)従来の結晶育成手法および撹拌法で得られた単結晶試料の写真を図2に示す.水溶液の撹拌を行わない場合,結晶成長過程で多数の結晶核と結合するため試料表面が凸凹になりラセミ双晶となる.水186日本結晶学会誌第60巻第4号(2018)