ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No4

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概要

日本結晶学会誌Vol60No4

日本結晶学会誌60,185-190(2018)ミニ特集キラリティー測定の最前線キラルらせん磁性体CsCuCl 3の結晶学的・磁気的キラリティーの検証岡山大学異分野基礎科学研究所髙阪勇輔Yusuke KOUSAKA: Crystallographic and Magnetic Chirality in Chiral HelimagneticCsCuCl 3We report enantiopure crystal growth and chiral helimagnetic ordering in chiral inorganiccompounds CsCuCl 3 with a chiral space group of right-handed P6 1 22 or left-handed P6 5 22. Our2-step crystallization process makes it possible to grow centimeter sized enantiopure single crystals.Polarized neutron diffraction experiments probed that crystallographic chirality of CsCuCl 3 stronglycombined with helimagnetic chirality via Dzyalloshinskii-Moriya interaction.1.はじめに1.1キラル磁性体キラリティー(カイラリティ)とはギリシア語で掌を意味し,右手と左手の関係のように鏡像関係を示し,対掌体と呼ばれる.タンパク質,アミノ酸,DNAなどの分子構造はすべて片方のキラリティーで構成されており,キラリティーという概念は有機化学の分野では大変重要な研究対象であるが,キラルな結晶構造を有する無機化合物は天然には稀にしか存在しない.これらの鏡像異性体は,ほとんどの物理的性質はまったく同じであるが,光学活性や生化学的な性質に違いが生じる.例えば,水晶に光が透過した際の旋光度は,右巻き水晶と左巻き水晶では絶対値は等しいが正負が逆になる.また,磁性研究ではスピン配列のキラリティーが研究の舞台となる.構造的キラリティーが形の情報であるのに対し,磁気的キラリティーは3つ以上の電子スピンが右巻き・左巻きいずれに巻いているかという「向き」の情報である点で異なる.例えば,らせん磁性体において,右巻きもしくは左巻きのスピン配列を取ることにより,異なるキラリティーのスピン構造として定義される.一般的にらせん磁気構造の右巻きか左巻きの磁気ドメインのみを生成することは,交換相互作用のみではエネルギー的に困難であると考えられているが,白鳥・秋光らは1980年代初頭に電場磁場冷却によるらせん磁気構造のキラリティー制御をZnCr 2Se 4の偏極中性子回折実験により示し,マルチフェロイクスの先駆けと言える研究を行っている.1)キラルな結晶構造を有するキラルらせん磁性体においては,磁気モーメントを平行・反平行に揃える交換相互作用に加えて,磁気モーメントをねじ2),3るDzyaloshinskii-Moriya(DM)相互作用)により片巻日本結晶学会誌第60巻第4号(2018)きのみの単一磁区を有するキラルらせん磁気構造が自発的に生成される.このとき,結晶構造が右手系か左手系かによって磁気モーメントをねじる方向が決定される.その結果,結晶構造とらせん磁気構造のキラリティーが結合する.また,らせんのピッチ角度は交換相互作用とDM相互作用の比によって決定されるため,必然的に小さくなる.よって,らせんの周期が数百A?といった非常に長周期の磁気構造が形成される.このキラルらせん磁性体は,磁場中でスキルミオン格子やキラル磁気ソリトン格子といった特異な磁気構造を形成することから近年多くの注目を集めている.4)-6)石田・遠藤らは左手系のキラルな結晶構造を有するMnSiの偏極中性子回折測定を実施し,左巻きのキラルらせん磁気構造の観測に成功し,本物質がキラルらせん磁性体であることを実験的に示した.7),8)MnSiは,単結晶育成において結晶構造キラリティーが自発的に左手系に偏る特異な性質を有するため,結晶構造と磁気構造キラリティー結合の検証を実験的に行うことができた.しかし,キラルな結晶構造を有するほとんどのキラル化合物において単結晶試料を育成した場合,試料内に右手系と左手系の結晶構造ドメインが混在したラセミ双晶が形成される.このことが,キラル磁性体の研究における大きな障害となっている.例えば,右手系と左手系結晶ドメインが1:1に混在しているラセミ双晶結晶で偏極中性子回折測定を実施した場合,それぞれの結晶ドメインによる磁気散乱強度が足しあわされてしまうため,右巻きと左巻きの磁気ドメイン比が1:1と観測されてしまう.つまり,DM相互作用によるキラルらせん磁気秩序形成を実験的に検証するためには右手系もしくは左手系のみの結晶キラリティードメインで構成されたホモキラルな単結晶試料を育成する必要がある.185