ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No4

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概要

日本結晶学会誌Vol60No4

田中良和10-1f', f"-20-3-2-4-4-5-6-6-81.7 1.8 1.92-7Energy [keV]-8012345678Energy [keV]図1シリコン原子の分散補正項f′(実線),f″(破線).(Dispersion correction terms of Si.).2)内包図は1.85keV近くの領域の拡大である.f = f0 + f′+ if′′(1)ここでf′,f″が分散補正項である.図1にシリコン原子のf′,f″のエネルギー依存性を示した.シリコンのK吸収端による共鳴効果による分散補正項は,このように比較的広い範囲で存在している.この図においてX線散乱,吸収に詳しい読者は,f″の符号が教科書に書かれているものと逆転していることに気がつかれると思う.この符号は右左を決定する上で重要であるのであとで詳しく述べる.ここに示した分散補正項は共鳴散乱の一部分であるが,対象とする原子の吸収端近傍の約10 eV程度の狭いエネルギー領域(図1に示した灰色の線の領域)では,さらに散乱強度に原子の局所環境や磁気モーメントの方向とX線の偏光が強く結合する項が加わる.この吸収端近傍の強い偏光依存性は,1980年Templetonらによる異方性のある結晶のX線吸収の線二色性(X線の偏光が結晶軸に平行である場合と垂直である場合の違い)の観測によって見出された.3)その後,Dmitrienkoらは,共鳴X線回折においてX線感受率を光学領域の屈折率や誘電率と同じように,テンソルとして取り扱う方法を提案した.この方法を用いた共鳴X線回折の研究は最近のレビューにまとめられている.4)またLoveseyらは,球面テンソルを用いて共鳴および非共鳴のX線回折の結晶構造因子を表している.5)この吸収端におけるX線散乱は以下のように説明される.21 ? e ?H = ?m? p A2 ? c?(2)?式(2)は電磁場中の電子のハミルトニアンである.ここでmは電子の静止質量,pは電子の運動量,Aは電磁場を表すベクトルポテンシャル,e=-|e|は電子の電荷,cは光速を表している.電子スピンと電磁場の相互作用は簡単のため省略する.図2 2つの共鳴遷移の模式図An.(illustration of resonantscattering.)基底状態|g〉にX線が入射し中間状態|n〉を介してX線が散乱される.中間状態では内殻にホールが生成され,内殻電子が高いエネルギーの軌道に励起されている.量子力学では2つの状態|A〉から状態|B〉の遷移振幅は,〈B|H int|A〉で与えられる.ここでH int=―1 2m{-―e c(p・A+A・p)+―e2A・A}である.c 2通常のX線散乱の散乱振幅は,第1摂動として〈g;k′,ε′|A 2|g;k,ε〉から導かれるのに対し,共鳴X散乱の散乱振幅は,基底状態|g〉から中間状態|n〉を経由し,光の吸収,発光の2つの遷移を経る第2摂動〈g;k′,ε′|A・p|n〉〈n|A・p|g;k,ε〉から導かれる.ここでk,εとk′,ε′は,それぞれ入射X線および散乱X線の波数ベクトルと偏光ベクトルである.6)また偏光ベクトルεは波数ベクトルkに垂直であるから∇・A=0である.したがってp・A=A・pが成立している.共鳴X散乱の2つの遷移の様子を図2に表す.入射X線は,共鳴する原子のK殻,L殻,M殻などの内殻電子を励起し,上の軌道に励起することによって中間状態|n〉を生じさせる.次に励起電子は基底状態に戻り,X線を放出する.このとき結晶あるいは磁気秩序の位相関係が揃ったときに,共鳴回折が生じる.入射X線と散乱X線のエネルギーは必ず等しい(?ω=?ω′).さて,第2摂動項による遷移振幅f resは,p,rの交換関係を用いて,? ? g| o?*| n n| o? | gfres= m∑?? 2?(3)ng , ? ? ? ?ω? ?+iΓ/2?? i ?o = ( ? ? r ) ?1 + ( k? r)+ ??(4)? 2 ?と導かれる.ここでrは位置演算子,Δ=εn-εgは,基底状態と励起状態のエネルギー差である.|g〉と|n〉は,それぞれ基底状態と励起状態の波動関数である.また,Γは現象論的に励起電子と内殻ホール対の寿命によるエネルギーの広がりである.式(4)の第1項ε・rまでをとった近似が双極子近似である.これはE1遷移と呼ばれる.また第2項による遷移はE2遷移と呼ばれる.共鳴散乱の場合は吸収と発光の2つの遷移があるのでそれらは,E1E1遷移,E2E2遷移,E1E2遷移などと呼ばれる.この中でE1E1遷移が最も遷移振幅が大きい.また,E1遷移によって電子は方位量子数lが1だけ変化する軌道に励178日本結晶学会誌第60巻第4号(2018)