ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No4

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概要

日本結晶学会誌Vol60No4

日本結晶学会誌60,177-184(2018)ミニ特集キラリティー測定の最前線円偏光を利用した共鳴X線回折によるキラリティー観察理化学研究所放射光科学研究センター田中良和Yoshikazu TANAKA: Crystal Chirality Identified by Circular Polarized X-rays in ResonantX-ray DiffractionEnantiomers, or stereoisomers, have crystal structures that are mirror images of each other and arethus handed, like our right and left hands. Low-quartz(SiO 2)and Berlinite(AlPO 4)have enantiomersbelonging to a space-group pair, P3 1 21(right-handed screw)and P3 2 21(left-handed screw). Weshow that resonant Bragg diffraction using positive and negative circularly polarized X-rays at theresonant energies reveals the handedness of crystals by X-ray helicity coupling to a crystal screw axis.Our results are of general importance and demonstrate a new method to directly study chiral motifs instructures that include biomaterials, liquid crystals, magnets, multiferroics, etc.1.はじめにキラリティー(掌性)という言葉は,19世紀末のケルビン卿の造語である.左右の対称性の破れを表しており,鏡像が実像と重ならないことを意味している.この対称性の破れは,数学,物理,化学,生物,宇宙,素粒子にいたる広範囲の領域で重要な役割を果たしている.例えば,素粒子分野では,ウー氏のパリティ対称性の破れの発見はCP対称性の破れの発見につながり,やがて小林・益川理論へと引き継がれている.哲学者カントは,人間は事物そのものに内在するものによって右左を認識するのではなく,アプリオリに与えられた人間の直観と感覚を通した理性によって右左を認識できるとした.しかしながら,われわれ科学者は事物そのものが右左を開示することをすでに知っている.そこに,観測者の意識は必要ない.物質科学では,磁場による自発電気分極の制御,あるいは電場による磁気構造の制御など交差相関応答の研究が盛んに行われている.そこでは,ミクロスコピックなスピン秩序のキラリティーとマクロスコピックな自発電気分極の極性の向きが対応していることが知られている.ここでもキラル秩序の観察,制御が重要なテーマの1つとなっている.X線回折は,1912年のラウエの回折現象の発見,その翌年の1913年のブラッグ親子による定式化以降,結晶構造を観察するための道具として発展してきた.しかし,鏡像異性体の右左を区別することは簡単ではない.現在では,これを区別するために分散補正項(f′+if″)を用いたX線回折が最もよく用いられている.分散補正項をキラリティーの判別に応用し,1951年にBijvoetらがはじめてd-酒石酸の右左構造の決定を行った.1)この場合,日本結晶学会誌第60巻第4号(2018)結晶の空間群によって決められるBijvoet pairsと呼ばれる反射指数群の反射強度を測定し比較することによって,キラリティーを判別する.この方法は放射光施設の実現とともに発展し,MAD(multi-wavelength anomalousdispersion)として幅広くタンパク質や生物高分子の構造決定に用いられている.本稿でご紹介する方法は上に述べた方法とはまったく異なり,X線共鳴回折と呼ばれる方法である.そこでは対象とする原子の吸収端の極近傍の波長の円偏光X線を用いる.本報告では,水晶(SiO 2)とベルリナイト(AlPO 4)のらせん構造のキラリティー決定の研究について述べる.2.共鳴X線回折2.1共鳴X線散乱X線が結晶に入射したとき,まずX線が原子によって散乱や吸収される現象が起きる.X線が原子によって「散乱」されたあと,規則正しく配列した結晶構造や磁気構造によってそれぞれの散乱光の位相が揃うことによって強め合う現象が「回折」である.以下の記述では「散乱」と「回折」という言葉を使い分けている.基本的にX線の散乱強度は,単位体積当たりの電子数の2乗に比例する.つまり,およそ散乱に寄与する原子の原子番号の2乗に比例する.結晶による反射の場合は結晶を構成する単位胞の全原子の散乱長fの位相因子を含めた和の2乗で与えられる.原子の散乱長f 0は,原子散乱因子あるいは形状因子と呼ばれ,原子の電子密度の散乱ベクトル方向のフーリエ変換で与えられる.X線のエネルギーが対象物質を構成する元素の吸収端に近い場合,f0に分散補正項が加えられる.その結果,原子散乱長fは次のように表される.177