ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No4

ページ
10/72

このページは 日本結晶学会誌Vol60No4 の電子ブックに掲載されている10ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol60No4

石井祐太またMnについても,K吸収端近傍で同様の実験を行った.このようにして,SmとMnの磁気秩序を調べて決定した磁気相図を図1c上段に示す.下段は自発分極P sと誘電率εである.T N3=28 K以下の大きな電気分極は,SmとMnのモーメントがq M=(1/2+δ′,0,0)で配列するICM2(Incommensurate magnetic 2)相と同時に誘起される.この相は,T CM=26 K以下でqM=(1/2,0,0)のCM(Commensurate magnetic)相に変わる.T N3よりも高温のICM1相では,MnのみqM=(1/2,0,1/3+δ)で磁気整列しCM相よりも小さな電気分極が発現する.また,T CM<T<T N3の温度領域では,ICM1相とICM2相が共存している.CM相における大きな電気分極の起源を理解するには,CM相での磁気構造を明らかにする必要がある.式(1)からもわかるように,共鳴散乱強度は磁気モーメントの方向に依存する.したがって散乱ベクトルの周りでサンプルを回転させて散乱強度を観測すれば,磁気モーメント方向の絞り込みが可能になる.実験結果を図2aに示す.実験はσ偏光のX線を用いた.Sm L IIIとMn K,L IIIの共鳴散乱強度は,アジマス角ψ=90°のときに消失した.これは,c*軸方向が散乱面に垂直となるときである(図1a).図2aの実線は,磁気モーメントがc軸を向いていると仮定したときの計算値であり,実験結果をよく再現している.したがって,SmとMnの磁気モーメントは,c軸方向を向いていることがわかる.これらの結果から,既約表現の方法を利用して磁気構造の推定を行った.既約表現法によれば,物質の磁気空間群は結晶空間群の部分群のうち,磁気伝搬ベクトルを不変にする部分群の既約表現で表される.また,その磁気構造はその既約表現に付随する基底ベクトルを用いて描くことができる.RMn 2O 5系の室温での空間群は,Pbamである.強誘電相ではb軸方向に電気分極が発現することから,a-glideの対称性が破れる図2(a)共鳴散乱強度のアジマス角依存性.(b)SmMn2O5の磁気構造.点線は,↑↓↑↑のMn鎖.((a)Azimuthaldependence of resonant scattering intensities.(b)Magnetic structure of SmMn 2O 5. The dashed lineindicates↑↓↑↑Mn spin chain.)はずである.したがって,強誘電相での結晶空間群はPbamの部分群であるPb2 1mが妥当であると考えられる.また,CM相での磁気伝搬ベクトルは,上述したようにqM=(1/2,0,0)である.Pb2 1mの4個の対称操作(1,b-glide,21らせん,鏡映)は,qM=(1/2,0,0)を不変にするため,SmMn 2O 5に対しては4つの既約表現(Γ1~Γ4)が与えられる.詳細は省略するが,これらの既約表現のうちSmとMnの磁気モーメントがc軸成分をもつことを許容するのはΓ1かΓ4の既約表現であった.これらを用いると,16通りの磁気構造が可能になる.さらに候補を絞るため,ほかのRMn 2O 5と同様に,b軸方向に連なるMn鎖が↑↓↑↑のスピン配列をもつと仮定した(図2b参照).これらより導かれる磁気構造は4通りある.4つの磁気構造は,Mnの磁気構造だけを見れば等価なものであり,SmとMnのスピンの関係だけが異なる.図2bにそのうちの1つを示す.このMnの磁気構造は,c軸方向に共線的であり,交換相互作用の効果が強くなる.したがって,SmMn 2O 5の強誘電性に対しては交換歪モデルが支配的であり,サイクロイド磁気構造に起因する逆DM効果はほとんど寄与しないと考えられる.また,RMn 2O 5系では格子変調は磁気秩序の2倍で生じることが確認されている.7)すなわち,格子変調ベクトルをqLとすると,qL=2q Mである.SmMn 2O 5についてもこれを仮定すれば,CM相では,q M=(1/2,0,0)であるから,qL=(0,0,0)となる.したがって,a,b,c軸の全方向において,格子変調による歪みは打ち消し合うことなく,強め合う.このような機構が大きな電気分極の起源であると考えられる.以上,SmとMnに焦点を当てて強誘電性を議論したが,最近では酸素サイトにも磁気モーメントが観測されている.酸素の磁気モーメントは,周囲の陽イオンとの軌道混成を介して酸素の2p軌道にホールが生じることで発生する.したがって,酸素磁性を捉えることで電荷移動を調べることができ,強誘電性についてさらに微視的な機構の議論が可能になる.現在筆者らは,共鳴X線散乱を用いてRMn 2O 5系における酸素磁性の観測も行っている.本研究は,木村宏之教授(東北大),野田幸男名誉教授(東北大),中尾裕則准教授(KEK),村上洋一教授(KEK)との共同研究である.また,本研究は科研費(A)(15H020308),(B)(24340064),KEK量子ビーム研究の助成を受けた.実験は,KEK-PFの課題2008S2-004,2012S2-005,2013G045,2013G071,2015G029の下に行った.文献1)木村剛:日本物理学会誌71, 144(2016).2)D. Khomskii: Physics 2, 20(2009).3)Y. Tokura, et al.: Rep. Prog. Phys. 77, 076501(2014).4)S. Wakimoto, et al.: Phys. Rev. B 88, 140403(R)(2013).5)Y. Ishii, et al.: Phys. Rev. B 93, 064415(2016).6)J. P. Hill and D. F. McMorrow: Acta Crystallogr. Sect. A 52, 236(1996).7)Y. Noda, et al.: J. Phys.: Condens. Matter 20, 434206(2008).162日本結晶学会誌第60巻第4号(2018)