ブックタイトル日本結晶学会誌Vol60No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol60No2-3

日本結晶学会誌60,70-71(2018)最近の研究動向光を照射するとホウセンカの実のように内容物を放出する中空結晶龍谷大学理工学部物質化学科内田欣吾Kingo UCHIDA: A Hollow Crystal Showing Photoinduced Scattering of Inclusions Like Impatiens1.光に応答する有機結晶フォトクロミズムとは,少なくとも一方向の反応を光で誘起し,色の異なる異性体を可逆的に生成する現象である.フォトクロミック化合物のうち,1988年に入江らにより報告されたジアリールエテンは,両異性体の優れた熱安定性とフォトクロミック反応を何万回も繰り返すことができるなどの物性に加え,結晶状態でもフォトクロミック反応性を有することなどから,世界中で幅広く研究が展開されてきた.1)結晶は,従来,動かないものと常識的には考えられてきたが,2007年に光照射で可逆的に結晶の長さが伸び縮みする結晶や,棒状結晶が光で曲がってビーズを弾き飛ばす結晶が報告され,光応答する有機結晶の研究が大きく進展することになった.2)一方,Naumovらにより,結晶を加熱したり光を照射すると,結晶がジャンプしたりバラバラに割れる現象が報告され,前者はサーマルサリエント効果,後者はフォトサリエント効果と名付けられた.3)これらの現象は,フォトクロミック化合物の結晶ばかりでなく,無機,有機にかかわらずいろいろな化合物の結晶で観察された.その動きは,フォトクロミック結晶の光屈曲現象に比べて非常に速く,注目されるものであった.2.フォトサリエント効果を示すジアリールエテン結晶ジアリールエテンは,チオフェン環等のヘテロ芳香環が電子吸引基で置換したエテン部の隣接位置に結合した分子構造をしており,主に合成されていたのはエテン部が5員環のペルフルオロシクロペンテン環をもつ誘導体であった.1)今回,新たにチアゾール環をアリール基とし,6員環のペルフルオロシクロペンテン環をもつジアリールエテン誘導体1o(oは,開環体open-ring isomerを意味する添え字)を合成した.対応する5員環エテン部をもつ2oの針状結晶は,紫外光および可視光を交互に照射すると可逆的に屈曲する.2)紫外線を照射すると1oの結晶は,光屈曲するだけでなく,フォトサリエント効果も示した.4)単結晶X線構造解析の結果,2oの結晶では分子が規則正しく縦列に並んで図1ジアリールエテン1o,2oのフォトクロミック反応.(Photochromic reactions of diarylethenes 1o and 2o.)いるのに比べ,1oの結晶では結晶中に二種類のコンフォマーが1:1の割合で,互いにほぼ直交して存在していた(図2a).図1に示したように,紫外光照射により,1oは1cに変換する.結晶中での1oの2つのコンフォマーのサイズと,光閉環して生成する1cの結晶中での分子サイズを,結晶中での2oと2cのサイズと比較した(図2b).2oから2cへの異性化に伴う分子のサイズの変化は,分子の縦サイズが2.6%の増加,横サイズが2.6%の増加であったのに対し,1oの2つのコンフォマーから閉環体1cへのサイズ変化は,それぞれ縦が約6%の増加,横が約9%の減少と約3倍の大きな変化になることがわかった(図2b).2oの結晶が光照射で結晶格子を保ったまま曲がったのに対し,1o結晶では結晶格子は,このような大きな分子のサイズ変化に耐えきれず,バラバラに破断したものと思われる.4)超高速カメラで求めた結晶が飛び散る速度は秒速数メートルと,光で2o結晶が屈曲する速度とは桁違いに速いものであった.3.中空結晶の作製と光応答機能新たに合成した1oを常圧下で加熱により昇華精製すると微少結晶が生成した.主な結晶はガラス基板に沿って成長した長方形の結晶であるが,約5%の結晶がガラス基盤から立って成長した中空結晶であった.5)結晶のサイズは,幅5~30μm,長さ100μm程度の大きさであり(図3a,b),生長メカニズムはオストワルド熟成によるもので,逆三70日本結晶学会誌第60巻第2・3号(2018)